第4回:変化に適応するための「七つの壁」を乗り越える(前半)
前回は、アンラーンを実践するための方法として、無意識のルーチンを洗い出すこと、「いつも」「通常は」という言葉を問い直すこと、異質な他者との対話によって自分の常識を相対化することを紹介した。
しかし、方法を理解しただけで、長年身につけてきた思考や行動を簡単に変えられるわけではない。アンラーンを始めようとすると、私たちの内側には、変化を押し戻そうとするさまざまな力が働くからだ。
それは、本人の意志が弱いからではない。人間には、現在の安定を守り、損失や不確実性を避けようとする心理的な性質がある。アンラーンとは、その性質に逆らい、慣れ親しんだ考え方をいったん不完全な状態へ戻す行為である。そのため、個人の意志力だけでは突破しにくい、いくつもの心理的障壁が立ちはだかる。
ここでは、アンラーンを妨げる代表的な要因を「七つの壁」として整理する。
1.現状維持の誘惑――「このままでいいんじゃないか」
第一の壁は、現在の状態を変えずに保とうとする心理である。
今の方法で大きな問題が起きていなければ、あえて変更する必要はないように思える。新しい方法には学習や準備が必要であり、結果がどうなるかも分からない。それなら、慣れた方法を続けるほうが安全に見える。
しかし、「今は問題がない」ことと、「これからも有効である」ことは同じではない。環境変化の影響は、最初から明確な失敗として現れるとは限らない。顧客ニーズとの小さなずれ、意思決定の遅れ、若手社員との認識差などとして、静かに蓄積していくこともある。
現状維持の壁を見分けるには、「問題が起きていないか」だけでなく、「今、新たにこの方法を選ぶか」と問い直す必要がある。
2.損失回避――「今あるものを手放したくない」
人は一般に、同じ大きさの利益を得る喜びよりも、すでに持っているものを失う苦痛を強く感じやすい。
アンラーンでは、慣れた方法、確立した立場、周囲からの評価などを、いったん手放すことが求められる。それが新しい可能性につながると理解していても、「今までできていたことが通用しなくなる」「自分の評価が下がるかもしれない」という不安が先に立つ。
そのため、変化によって得られるものより、失う可能性のあるものばかりに注意が向いてしまう。
この壁を越えるには、「何を失うか」だけでなく、「変えないことによって、将来何を失うか」も同時に考えることが必要である。
3.サンクコストへの執着――「せっかくここまで頑張ってきたのだから」
サンクコストとは、すでに費やしてしまい、取り戻すことのできない時間、費用、労力などを指す。
長い時間をかけて身につけた技術や、苦労して整備した仕組みほど、「ここでやめたら、これまでの努力が無駄になる」と感じやすい。その結果、今後の有効性ではなく、過去にどれだけ投資したかを基準に、継続を決めてしまう。
しかし、過去の努力が価値を持っていたことと、その方法を将来も続けるべきかどうかは、別の問題である。役割を終えた方法を手放しても、そこで得た経験や判断力まで失われるわけではない。
「これまで、どれだけかけたか」ではなく、「これから、さらに何をかける価値があるか」を判断基準にする必要がある。
4.専門性の呪縛――「自分のやり方でやりたい」「他人には分からない」
専門性は、プロフェッショナルにとって大きな強みである。一方で、専門知識が深くなるほど、外部からの意見を受け入れにくくなることがある。
「この分野は経験した人にしか分からない」「自分の方法には理由がある」という考え方は、専門家として正しい場合も少なくない。しかし、それが強くなりすぎると、専門外の人からの素朴な疑問や、新しい技術による代替案を退けるための言葉になってしまう。
また、専門性は、その人の自信や社内での地位とも結びついている。従来の方法を見直すことが、自分自身の価値を否定するように感じられる場合もある。
必要なのは、専門性を捨てることではない。専門知識を「自分だけが守る完成品」ではなく、「他者との対話によって更新する資源」として扱うことである。
※参考文献:Unlearn(アンラーン) 人生100年時代の新しい「学び」_柳川 範之_為末 大_日経BP
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