第3回:「不完全段階」への戦略的回帰――実践・アンラーンの技術
アンラーンの必要性を理解しても、「これまでの考え方に固執しないようにしよう」と意識するだけでは、実際の行動はなかなか変わらない。アンラーンを、心構えや精神論だけで終わらせてはならないのである。
アンラーンは、人生という長期航海を続けるうえで必要な「脳と思考のメンテナンス技術」として捉えるべきものだ。
私たちは、日々の仕事や生活を通じて、膨大な知識と経験を蓄積している。しかし、知識を増やし続けるだけでは、必要な場面で適切な考え方を選べるとは限らない。古い情報、新しい情報、現在も有効な経験、すでに条件が変わった成功体験が、区別されないまま頭の中に残っているからだ。
大切なのは、過去をすべて忘れることではない。知識や経験を定期的に棚卸しし、「現在もそのまま使えるもの」「条件を限定すれば使えるもの」「いったん保留すべきもの」に整理することである。この整理ができて初めて、新しい経験や考え方を受け入れる余地が生まれる。
では、日常の中で、固定化した思考をどのように解きほぐせばよいのだろうか。ここでは、三つの基本的なステップを紹介する。
1.無意識のルーチンを洗い出す
最初に行うのは、自分が普段、ほとんど考えずに繰り返している判断や行動を見つけることである。
例えば、会議では必ず上司から発言する、企画書は前年度の形式を踏襲する、新しい提案には最初にリスクを指摘する、部下への指導では自分の経験を伝える、といった行動である。これらは日常化しているため、本人には「選択している」という自覚さえないことが多い。
そこで、自分の判断に対して、次のように問いかけてみる。
• この方法を使い始めたのは、いつ頃からか
• どのような成功体験が、この判断を支えているのか
• 当時と現在では、何が同じで、何が変わっているのか
• この方法を使わなかった場合、どのような選択肢があるのか
重要なのは、ルーチンを直ちに否定することではない。まず、自動化されている判断を意識の上に取り出し、「自分はこの方法を選んでいる」と認識することが第一歩となる。
2.「いつも」「通常は」という言葉を検閲する
思考の固定化は、日常的に使う言葉にも表れる。
「いつもこの方法でやっている」「通常はこの手順で進める」「普通はそう考える」「これまで問題は起きていない」。こうした言葉が浮かんだときは、思考が過去のパターンに戻ろうとしている可能性がある。
もちろん、「いつもの方法」が現在も最適である場合は少なくない。問題なのは、検討を行わないまま、それを自動的に正解としてしまうことだ。
そこで、「いつも」「通常は」という言葉に気づいたら、いったん立ち止まり、次の三点を確認する。
• 今回も、過去と同じ条件が成立しているか
• 顧客、技術、目的、制約条件に変化はないか
• この方法を初めて採用するとしたら、現在でも選ぶか
特に有効なのが、最後の問いである。過去からの経緯をいったん外し、現在の条件だけを見て同じ方法を選ぶかどうかを考える。そうすることで、「合理的だから続けている方法」と「慣れているから続けている方法」を区別しやすくなる。
3.異質な他者との対話によって、自分の常識を相対化する
自分一人で自分の思考のクセを発見することには限界がある。長く同じ組織や業界にいると、周囲の人も似た前提を共有するため、組織全体の思い込みが見えにくくなるからだ。
そこで有効なのが、専門分野、世代、職種、業界、経験の異なる人との対話である。
技術者が営業担当者に意見を聞く。管理職が若手社員の仕事の進め方を観察する。製造業の人がサービス業の顧客対応から学ぶ。自社では当然とされている手順を、業界外の人に説明してみる。異なる背景を持つ人と接すると、「なぜ、その方法でなければならないのですか」という素朴な問いが返ってくる。
この問いにうまく答えられないとき、そこには思考の固定化が潜んでいる可能性がある。
異質な他者との対話は、正解を教えてもらうためだけに行うものではない。自分の常識が、特定の組織や時代、専門分野の中で成立している「ローカルな常識」にすぎないことを知るために行うのである。
アンラーンの核心は、完成された知識を、あえて「不完全段階」へ戻すことにある。
ここでいう不完全段階とは、知識を失った状態ではない。「この方法が正しい」という確定した結論を、「この条件では有効かもしれない」という検討可能な仮説へ戻すことである。完成した答えを一度開き、別の見方や方法を受け入れられる状態にするのだ。
これは、高く積み上げてきた山を、さらに上へ伸ばすのではなく、頂上をいったん削って余
次回からは、私たちがアンラーンを実践しようとするとき、その前に立ちはだかる「七つの強固な壁」を一つずつ見ていく。
※参考文献:Unlearn(アンラーン) 人生100年時代の新しい「学び」_柳川 範之_為末 大_日経BP
[無断転載禁止]