第4章 未来を当てるより、「小さく賭ける」
― 研究開発で重要なのは、予測精度より学習速度である
研究開発では、最初から正解は見えない
前回は、研究開発テーマを技術からではなく、顧客が現在被っている損失から考えるべきだと述べた。
では、顧客にとって価値のある課題が見つかったら、次に何をすればよいのだろうか。
ここで多くの企業が陥るのが、「もっと調べてから動こう」という考え方である。
市場規模を精緻に予測する。競合を詳しく分析する。技術ロードマップを作る。五年後、十年後の需要を推定する。原価計算を何度もやり直す。
もちろん、こうした検討は必要である。
しかし、不確実性の高い研究開発では、分析を増やせば増やすほど正解に近づくとは限らない。
なぜなら、そもそも答えがまだ存在していない場合があるからである。
新しい技術が本当に安定して動くのか。顧客が実際に使ってくれるのか。現場の業務が変わるのか。想定価格で購入してもらえるのか。
これらは、会議室の中で資料を増やしても分からない。
実際に試してみなければ分からない。
このときDQLに必要なのは、「未来を正確に当てる能力」ではない。
できるだけ安く、できるだけ早く、間違いに気づく能力である。
完璧な事業計画を作ることが、必ずしも賢いとは限らない
企業の新規テーマでは、しばしば立派な事業計画書が作られる。
市場規模、売上予測、開発費、投資回収期間、競合分析、技術課題、量産計画まで、数十ページにわたって整理されている。
しかし、そこに書かれている数字の多くは、まだ確認されていない仮説である。
たとえば「五年後に市場規模100億円」と書かれていても、その市場自体がまだ存在していないこともある。
「顧客の30%が購入する」と予測しても、実際に顧客へ見せたことがなければ、その数字に根拠はほとんどない。
私はこうした計画を否定しているわけではない。
問題は、仮説を、事実であるかのように扱ってしまうことである。
研究開発初期の事業計画は、本来「未来を説明する文書」ではない。
「何がまだ分かっていないか」を明確にする文書であるべきだ。
そして、その分からないことを一つずつ確認していく。
この姿勢が重要である。
大きく賭ける前に、まず300万円で確かめる
簡単な例を考えてみよう。
ある製造装置メーカーが、AIを使った故障予知サービスを新規事業として検討しているとする。
経営会議では、「今後は予知保全市場が伸びる」「AIは重要だ」という意見が出ている。
そこでいきなり、AI開発チームを10人集め、クラウド基盤を構築し、数億円規模のシステム開発を始めたとする。
これはかなり大きな賭けである。
しかし、この段階では重要なことがまだ分かっていない。
本当に顧客は故障予知に困っているのか。困っているとして、その問題にいくら払うのか。必要なデータは取得できるのか。実用的な精度で異常を検出できるのか。
そこで、最初の投資を300万円程度に抑え、数社の顧客設備からデータを取得して簡易モデルを作ってみる。
同時に、保全部門へ「この故障を一日前に予測できたら、いくらの価値がありますか」と聞く。
もし顧客が「故障しても予備機に切り替えるだけなので、それほど困っていない」と答えたなら、そこで重要なことが分かる。
AIの精度を高める前に、そもそも事業価値が小さいのである。
逆に、「一時間停止すると500万円の損失になる」という顧客が何社も見つかれば、次の投資へ進む意味が出てくる。
これが「小さく賭ける」という考え方である。
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