「成功させる責任」が、撤退を遅らせることもある
日本企業では、責任感の強い技術者ほど、この罠に入りやすい。
テーマを任された。
だから最後までやり切らなければならない。
途中でやめるのは無責任だ。
この考え方自体は、決して悪くない。
しかし研究開発では、「最後までやる」ことが会社にとって正しいとは限らない。
たとえば新しい制御装置を開発していて、当初想定した市場が急速に縮小したとする。
技術的にはあと半年で完成できそうである。
担当チームは優秀で、完成させる自信もある。
しかし、完成時には市場そのものが小さくなっている可能性が高い。
この場合、技術者の責任は「何としてでも完成させること」ではない。
むしろ、
会社の資源を、より価値の高いテーマへ移すこと
かもしれない。
研究開発では、「完成させること」と「成功すること」は同じではないのである。
「あと少し」は、本当にあと少しなのか
研究開発会議でよく聞かれる言葉がある。
「あと半年あれば」。
「あと一回試作すれば」。
「あと少し精度が上がれば」。
もちろん、本当にあと少しで解決する場合もある。
しかし、不確実性の高い研究開発では、「あと少し」が何度も繰り返されることがある。
たとえば新材料の開発で、耐久性の目標が1000時間だとする。
最初の試験では600時間だった。
材料配合を改良して750時間になった。
さらに改良して820時間まで伸びた。
ここまで来ると、「あと少しで1000時間」と感じる。
ところが、900時間付近から劣化メカニズムそのものが変わり、そこから先は別の技術課題だったと分かることもある。
数値が目標に近づいているからといって、残された開発量まで小さいとは限らない。
登山でいえば、山頂が近くに見えていても、途中に深い谷があるかもしれない。
DQLは、進捗率だけを見るのではなく、
残された不確実性の質
を見なければならない。
撤退基準は「始める前」に決めておく
では、どうすればサンクコストに支配されにくくなるのだろうか。
有効なのは、研究開発を始めるときに、継続条件だけでなく撤退条件も決めておくことである。
たとえば、
「一年以内に主要顧客三社から一定以上の評価が得られなければ再検討する」。
「試作三回目までに性能目標の80%へ到達しなければ、方式そのものを見直す」。
「想定量産原価が目標価格の70%以下に下がる見通しが立たなければ中止する」。
こうした条件をテーマ開始時に決めておく。
なぜ始める前なのか。
テーマに思い入れが生まれてからでは、条件を緩めたくなるからである。
試験結果が悪ければ、「今回は条件が厳しかった」と言いたくなる。
顧客評価が低ければ、「顧客がまだ新しい価値を理解していない」と説明したくなる。
人間には、自分の仮説を守る方向へ事実を解釈する傾向がある。
だからこそ、冷静な段階で「どんな結果ならやめるか」を決めておく意味がある。
一度決めた撤退基準も、機械的に守ればよいわけではない
ただし、撤退基準を設定すればすべて解決するわけではない。
研究開発には、新しい発見があるからだ。
当初の性能目標には届かなかったが、実験中に別の市場で使える可能性が見つかることもある。
想定顧客には評価されなかったが、別業界の顧客から強い関心を示される場合もある。
たとえば高精度な画像検査技術を半導体向けに開発していたが、要求精度に届かなかったとする。
普通なら中止候補である。
しかし、その途中で食品工場の異物検査なら十分な精度があり、しかも市場ニーズも大きいと分かった。
この場合、元のテーマはやめても、技術そのものを捨てる必要はない。
市場を変える。
用途を変える。
技術を別テーマへ移す。
つまりDQLに必要なのは、「続けるか、全部捨てるか」という二択ではない。
何をやめ、何を残すかを判断する能力である。
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