2026/10/09

【新規連載】品質を守るだけでは会社は勝てない ― 自律するDQLの仕事⑲

 第7章 技術ポートフォリオを持つ会社は強い

― 研究開発は「どのテーマを選ぶか」ではなく「どう組み合わせるか」で決まる

 

一つの有望テーマだけでは、会社の未来はつくれない

前回は、研究開発テーマを成功確率だけで見るのではなく、期待値で評価することの重要性を述べた。成功しやすいテーマが、必ずしも企業にとって価値の高いテーマとは限らない。逆に、成功確率が多少低くても、成功したときの利益が大きく、失敗時の損失を限定できるのであれば、十分に投資する価値がある。

では、最も期待値の高いテーマを一つ選び、そこに研究開発資源を集中すればよいのだろうか。実際には、そう単純ではない。

研究開発には常に不確実性がある。どれほど魅力的なテーマでも、技術的な壁に突き当たることがある。競合企業が予想より早く製品を出すこともあれば、市場そのものが縮小することもある。逆に、当初は小さなテーマだと思っていたものが、途中から大きな事業機会へ育つこともある。

だからこそ、企業の未来を一つの研究テーマだけに預けることは危険である。

重要なのは、複数のテーマを持ち、それぞれ異なる時間軸、リスク、リターンを組み合わせることである。これが研究開発ポートフォリオという考え方である。

 

研究開発も、金融投資とよく似ている

金融投資では、一つの銘柄に全資産を投じることは危険だとされる。どれほど有望に見える企業でも、不祥事、競争激化、規制変更、技術革新などによって突然価値を失う可能性があるからである。

そこで投資家は、安定した資産と成長性の高い資産を組み合わせる。

研究開発も、基本的な考え方はよく似ている。

たとえば、あるメーカーが年間10億円の研究開発費を持っているとする。10億円すべてを革新的な新技術に投じれば、成功したときのリターンは大きいかもしれない。しかし失敗すれば、数年間の研究開発成果がほとんど残らない可能性もある。

反対に、10億円すべてを既存製品の改良や顧客要望への対応に使えば、失敗は少なくなるだろう。しかし五年後、十年後の新しい事業の柱が育たない。

企業に必要なのは、どちらか一方ではない。

現在の利益を支えるテーマと、将来の利益を生むテーマを同時に持つことである。

 

短期・中期・長期の時間軸で考える

研究開発ポートフォリオを考えるとき、最も分かりやすいのは、短期・中期・長期という三つの時間軸に分けることである。

短期テーマは、現在の事業を支える。既存製品の性能向上、原価低減、品質改善、顧客要望への対応などが中心になる。成果が比較的早く見え、売上や利益にもつながりやすい。

中期テーマになると、既存技術を使って新しい市場へ入ったり、新しい機能を持つ製品へ展開したりする。技術的にも市場的にも、短期テーマより不確実性は高くなるが、成功すれば新たな成長領域をつくることができる。

長期テーマはさらに不確実である。新材料、新原理、新しいデジタル技術、新市場など、現在の事業とは距離のあるテーマを扱う。すぐに売上にはならない。しかし、そこから将来の主力事業が生まれる可能性がある。

この三つは、どれか一つが優れているのではない。

短期テーマだけでは未来がなく、長期テーマだけでは現在の利益が持たない。

だからこそ、企業は三つの時間軸を同時に持つ必要がある。

 

研究開発は「果樹園」のようなものである

この考え方は、果樹園にたとえると分かりやすい。

果樹園には、今年たくさん実をつける成木が必要である。それがなければ、今年の収穫がなくなってしまう。

しかし、成木ばかりを大切にし、若木や苗木を植えなければどうなるだろうか。数年後には木が老い、収穫量が減っていく。

だから果樹園では、今実をつけている木を管理しながら、数年後に実をつける若木も育てる。さらに、その先のために苗木も植える。

研究開発もまったく同じである。

既存製品の改善は、今収穫している成木である。中期テーマは、数年後に収穫を期待する若木であり、長期研究は、まだ実がなるかどうかも分からない苗木である。

苗木はすべて育つわけではない。途中で枯れるものもある。

しかし、苗木を植えない果樹園には未来がない。

企業の研究開発ポートフォリオとは、いわば「会社の未来の果樹園をどう育てるか」を考えることである。

 

なぜ短期テーマばかりが増えていくのか

多くの企業で起こるのは、短期テーマの膨張である。

理由は単純である。短期テーマには期限がある。

顧客から「来月までに対応してほしい」と言われる。営業部門から競合対策の機能追加を求められる。不具合が起きれば、すぐに原因究明が必要になる。原価低減目標も毎年度設定される。

こうした仕事は、放置することができない。

その結果、研究開発部門の人員は次々と短期案件へ吸収されていく。

一方、長期研究には「来月まで」という期限がないことが多い。

そのため、

「今期は忙しいから来年度にしよう」

という判断が繰り返される。

すると、研究開発部門は非常に忙しくなる。テーマ数も多い。会議も多い。試作品もたくさん作られている。

しかし五年後に振り返ってみると、主力製品はほとんど変わっていない。

この状態は珍しくない。

活動量が多いことと、未来をつくっていることは同じではないのである。

 

長期研究だけでも、会社は稼げない

一方で、「それなら長期研究を増やせばよい」という話でもない。

研究者が興味のあるテーマを自由に追求することは、技術の蓄積という点では重要である。しかし、事業との接点を失えば、研究はいつまでも研究のまま終わる。

たとえば、ある企業が非常に優れた新材料を10年間研究していたとする。論文も発表し、特許も取得した。技術的には高い評価を受けている。

しかし、「その材料で誰のどの問題を解決するのか」が曖昧なままであれば、事業にはつながりにくい。

技術テーマは存在しているが、プロダクトテーマになっていないのである。

だからDQLは、長期研究に対しても「来年いくら売れるのか」と急かすのではなく、少なくとも将来どのような顧客価値につながる可能性があるのかという仮説を持たなければならない。

すぐに答えを出す必要はない。

しかし、技術と顧客価値をつなぐ仮説は必要である。


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2026/10/08

【新規連載】品質を守るだけでは会社は勝てない ― 自律するDQLの仕事⑱

 一つのテーマではなく、研究開発全体で勝つ

ここまでの話は、一つのテーマだけを見ていると分かりにくい。

研究開発は、ポートフォリオ全体で考えると理解しやすい。

たとえば10件の研究テーマを持っている会社があるとする。

そのうち6件は、既存製品の改良や顧客要望への対応である。

成功確率は高いが、大きな成長は期待できない。

3件は、新技術を使った新製品である。

成功確率は中程度だが、成功すれば新しい市場へ入れる。

そして1件は、成功確率は低いものの、成功すれば会社の事業構造を変える可能性がある。

この組み合わせなら、短期の収益を確保しながら将来への挑戦もできる。

ところが10件すべてが安全な改良テーマなら、現在の売上は守れても未来は弱い。

反対に10件すべてが大勝負なら、会社の資金が持たないかもしれない。

必要なのは、

異なるリスクとリターンを持つテーマを組み合わせること

である。

これは金融投資のポートフォリオと非常によく似ている。

 

「九勝一敗」より「六勝四敗」のほうが強いこともある

研究開発組織の評価では、失敗件数が少ないほど優秀に見える。

しかし、たとえば二つの組織を比較してみよう。

X研究所は10件中9件を製品化した。

しかし、どれも既存製品の小規模改良で、利益への貢献は1件1000万円だった。

合計9000万円である。

Y研究所は10件中6件しか製品化できなかった。

4件は途中で撤退した。

しかし6件のうち1件が大きな新市場を開拓し、5億円の利益を生み出した。

どちらの研究所が会社に貢献しているだろうか。

単純な「成功率」ならXは90%、Yは60%である。

しかし経営成果ではYが圧倒的に大きい。

これはスポーツでも同じである。

すべての打席でヒットを狙う選手と、ときには三振しても長打を打てる選手では、チームへの貢献の仕方が違う。

研究開発でも、

失敗件数の少なさを競うのではなく、トータルで勝つこと

が重要である。

 

ただし「一敗で会社が死ぬ」テーマは避けなければならない

ここで、期待値だけでは不十分なもう一つの理由がある。

企業には倒産という状態がある。

理論上の期待値が高くても、一度の失敗で会社が存続できなくなる賭けはできない。

たとえば、成功確率70%で、成功すれば100億円儲かるテーマがあるとする。

非常に魅力的に見える。

しかし失敗した場合に300億円の損失が発生し、自社の財務では耐えられないのであれば、その賭けをしてはいけない。

これもギャンブルの鉄則と同じである。

どれほど有利な勝負でも、全財産を一度に賭けてしまえば、一回の不運で退場する。

企業経営では、

期待値を高めることと、破滅確率を下げることを同時に考える

必要がある。

DQLも、研究開発テーマの魅力だけでなく、会社がどこまでその失敗を許容できるかを考えなければならない。

 

期待値は、途中で変わる

研究開発テーマを開始した時点で決めた期待値は、固定ではない。

研究が進めば新しい情報が入る。

技術実験で良い結果が出れば成功確率は上がる。

競合企業が画期的な製品を発売すれば、成功時の利益は下がるかもしれない。

顧客から想定以上の反応が得られれば、市場価値は上がる。

逆に原材料価格が高騰すれば、事業性は悪化する。

つまり研究開発テーマの価値は常に変化している。

だからこそ、テーマを開始したときの事業計画を最後まで守ることが必ずしも正しいとは限らない。

DQLは定期的に、

「今、このテーマをゼロから提案されたとして、それでも投資するだろうか」

と問い直す必要がある。

この問いを使うと、過去の投資や思い入れをある程度切り離して判断できる。

前回取り上げたサンクコストへの対策にもなる。

 

DQLは「研究テーマの選手」ではなく「監督」になる

専門技術者は、自分の担当テーマを成功させようとする。

それは当然である。

しかしDQLは、一段上の視点を持たなければならない。

一つのテーマだけを勝たせることではなく、

限られた研究開発資源を、会社全体として最も価値の高いところへ配分する

ことを考える必要がある。

野球にたとえるなら、個々の技術者は選手である。

一方DQLは、選手としての能力も持ちながら、監督の視点も持つ。

この投手をここで使うのか。

代打を出すのか。

若手を育てるのか。

一点を取りに行くのか。

長打を狙うのか。

試合全体を見て判断する。

研究開発も同じである。

短期の売上を支えるテーマ。

中期的な成長を狙うテーマ。

長期的に大きな事業を生むテーマ。

それぞれを組み合わせる。

この視点を持った人材がいなければ、研究開発テーマは各部門の希望を集めただけの一覧表になってしまう。

 

「全部成功させる」発想を捨てる

研究開発には失敗がある。

これは避けられない。

むしろ不確実なテーマに挑戦しているのに、すべて成功しているとしたら、挑戦の水準が低すぎる可能性さえある。

重要なのは、失敗を放置することではない。

小さく失敗する。

早く学ぶ。

見込みがなくなればやめる。

有望なテーマには追加投資する。

そして成功したテーマから大きなリターンを得る。

この一連の仕組みを作ることである。

つまり研究開発で目指すべきなのは、

「すべてのテーマを成功させること」ではなく、「テーマ群全体で勝ち越すこと」

なのである。

DQLには、そのための判断力が必要になる。

技術的な成功確率だけを見るのではない。

顧客価値を見る。

市場を見る。

競合を見る。

成功時のリターンを見る。

失敗時の損失を見る。

そして会社全体の研究開発ポートフォリオの中で、そのテーマがどの役割を持つのかを考える。

ここまでできて初めて、研究開発は「テーマ管理」から「投資マネジメント」へ変わる。

では、実際にはどのような研究開発テーマを、どのくらいの比率で持てばよいのだろうか。

短期的な改良テーマだけでは未来がない。

しかし長期テーマだけでも会社は生きていけない。

次回は、この問題を研究開発ポートフォリオの視点から考えてみたい。

第7章は、「技術ポートフォリオを持つ会社は強い」である。

 

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2026/10/07

【新規連載】品質を守るだけでは会社は勝てない ― 自律するDQLの仕事⑰

DQLは「勝つ確率」だけでなく「負け方」まで設計する

優れたDQLは、成功させる方法だけを考えない。

もし失敗した場合に、どこまで損失が出るのかも考える。

たとえば新しい生産設備を必要とする製品開発なら、最初から専用ラインを作らず、既存設備や外部委託を使って市場性を確認できないかを考える。

新しいAIサービスなら、最初から大規模なクラウドシステムを構築せず、既存ツールを使った簡易版で顧客価値を検証する。

新材料なら、量産金型を作る前に簡易試験片や加工品で重要特性を確認する。

つまり、

「成功する設計」だけでなく「失敗しても致命傷にならない開発の進め方」を設計する。

この能力があれば、成功確率の低いテーマにも挑戦しやすくなる。

これはギャンブルでいう資金管理に近い。

勝つ可能性があっても、一回の負けで全財産を失うような賭け方はしない。

研究開発も同じである。

 

「大穴狙い」と「高期待値テーマ」は違う

ここで注意したいのは、期待値で考えることと、大きな夢のあるテーマなら何でもよいということは違うという点である。

たとえば、

「成功すれば1000億円市場になる」

という研究テーマがあったとする。

しかし技術成立性はほとんど確認されていない。

顧客ニーズも曖昧である。

競合優位性もない。

それでも「成功すれば1000億円」と言えば、魅力的に聞こえる。

これは期待値というより、単なる夢物語である。

競馬でいえば、100倍の配当が付いているからといって、どんな馬でも買えばよいわけではない。

勝つ可能性がほとんどなければ、期待値は高くならない。

DQLが見るべきなのは、

市場規模だけではない。

顧客損失の大きさ。

自社の技術優位性。

競合との差。

成功までの時間。

必要投資額。

そして途中で得られる学習。

これらを総合して判断する必要がある。

つまり、

「夢が大きいテーマ」ではなく、「リスクに対してリターンが大きいテーマ」を選ぶ。

これが重要である。

 

技術テーマにも「オッズ」がある

ギャンブルの世界にはオッズがある。

勝つ可能性と、勝った場合の配当の関係である。

研究開発にも、目には見えないが似たものがある。

ある技術はすでに成熟している。

成功確率は高いが、競合企業も簡単に参入できる。

つまり成功しても大きな利益は得にくい。

別の技術は難しい。

成功確率は低い。

しかし成功すれば競合が簡単には追随できず、高い利益率を長期間維持できる。

この場合、後者には技術的な「オッズ」がある。

たとえば特殊材料、独自アルゴリズム、製造ノウハウ、特許、データ蓄積などが組み合わさると、成功したときの競争優位は非常に大きくなる。

DQLは技術テーマを見るとき、

「できるか、できないか」

だけを見るのではない。

「できたときに、どれだけ他社との差になるのか」

まで見る必要がある。

 

期待値の高いテーマには「非対称性」がある

魅力的な研究開発テーマには、ある特徴がある。

それは、成功したときの利益が大きく、失敗したときの損失が比較的小さいことである。

これを「非対称性」と考えると分かりやすい。

失敗すれば1000万円を失う。

しかし成功すれば数億円の新規事業になる。

こうしたテーマを複数持つことができれば、研究開発全体の魅力は高くなる。

逆に、

成功しても3000万円程度しか利益が出ないのに、失敗すれば1億円失う

というテーマは危険である。

成功確率が多少高くても、割に合わない。

簡単な例えを使えば、コイン投げである。

表なら100円もらえる。

裏なら100円失う。

これなら五分五分である。

しかし、

表なら1000円もらえる。

裏なら100円失う。

という条件なら、何度も参加する価値がある。

研究開発でも、

「当たるかどうか」だけでなく、「当たったときと外れたときの差」を見る。

これが期待値の考え方である。

  

 

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2026/10/06

【新規連載】品質を守るだけでは会社は勝てない ― 自律するDQLの仕事⑯

 第6章 「成功確率」ではなく「期待値」でテーマを選べ

― 当たりやすい研究開発ばかりでは、会社は大きくならない

 

成功率の高いテーマは、本当に良いテーマなのか

研究開発テーマを評価するとき、企業ではよく「成功可能性」が重視される。

技術的に実現できそうか。予定期間内に完成できそうか。顧客に採用されそうか。量産まで持っていけそうか。

これらはもちろん重要である。

しかし、成功可能性が高いという理由だけでテーマを選んでいくと、研究開発は次第に保守的になる。

既存製品の小改良。

既存顧客向けの機能追加。

すでに社内で実績のある技術の横展開。

こうしたテーマは成功しやすい。

一方で、新しい市場、新しい技術、新しいビジネスモデルには不確実性がある。

当然、成功確率は低くなる。

もし研究開発の評価制度が「成功率」を重視しすぎれば、担当者は合理的に安全なテーマを選ぶようになる。

誰だって、評価を下げたくはないからである。

その結果、会社全体では「失敗しない研究開発」が増える。

しかし、会社の成長につながる研究開発まで減ってしまう。

ここに大きな問題がある。

研究開発では、

成功確率が高いテーマと、価値の高いテーマは同じではない。

 

9割成功するテーマより、3割成功するテーマのほうが価値があることもある

単純な例で考えてみよう。

Aという研究テーマがある。

成功確率は90%である。

成功すれば1000万円の利益が期待できる。

もう一つ、Bというテーマがある。

成功確率は30%しかない。

しかし、成功すれば1億円の利益が期待できる。

単純化して期待値だけを見ると、Aは、

90% × 1000万円 = 900万円

である。

一方Bは、

30% × 1億円 = 3000万円

となる。

もちろん実際の研究開発では、投資額、失敗時の損失、開発期間、資金制約なども考えなければならない。

しかし、この例が示していることは重要である。

当たりやすいテーマが、必ずしも儲かるテーマではない。

会社がAのようなテーマだけを選び続ければ、研究開発の成功率は高くなるかもしれない。

しかし、大きな成長機会を逃している可能性もある。

 

「失敗しないこと」が目標になると、テーマは小さくなる

研究開発組織には、しばしば評価指標の副作用がある。

たとえば、

「研究テーマの製品化率を80%以上にする」

という目標を設定したとしよう。

一見すると良い目標に見える。

しかし担当者の立場から考えるとどうなるだろうか。

成功率が低い革新的なテーマを選べば、自分たちの製品化率を下げる可能性がある。

逆に、少し改良すれば確実に製品になるテーマを選べば数字は良くなる。

すると、組織全体が徐々に「確実にできるもの」を選ぶようになる。

これは学校のテストで考えると分かりやすい。

「正答率を上げること」が目的なら、難しい問題には挑戦しないほうがよい。

簡単な問題だけ解けば、正答率は高くなる。

しかし、それで学力が高まるとは限らない。

研究開発でも同じである。

成功率という指標だけを上げようとすると、研究開発の難易度そのものを下げる誘惑が生まれる。

本当に見るべきなのは、

成功したテーマの数ではなく、研究開発全体としてどれだけ企業価値を生み出したか

である。

 

期待値は「成功したとき」だけで決まらない

ただし、期待値を単純に「成功確率 × 成功時の利益」とだけ考えるのも不十分である。

失敗したときに何を失うかも重要だからだ。

たとえば二つの新規事業を考えてみよう。

Cテーマは成功確率40%、成功した場合の利益は5億円。

しかし、量産設備を先に建設する必要があり、失敗した場合には3億円の損失が残る。

Dテーマも成功確率40%で、成功時の利益は5億円。

ただし最初はソフトウェア開発と小規模実証だけで進めることができ、失敗時の損失は3000万円で済む。

成功確率と成功時の利益は同じである。

しかし企業にとっては、Dのほうがはるかに扱いやすい。

なぜなら失敗時の傷が浅いからである。

前回まで述べてきた「小さく賭ける」ことの意味が、ここにつながる。

研究開発の期待値を高める方法は、成功確率を上げることだけではない。

失敗時の損失を小さくすることでも高められる。

この視点は非常に重要である。

 

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2026/10/05

【新規連載】品質を守るだけでは会社は勝てない ― 自律するDQLの仕事⑮

失敗した研究開発から「回収できるもの」を考える

研究開発テーマを中止すると、「何も残らなかった」という評価になりやすい。

しかし、本当にそうだろうか。

あるテーマを二年間研究した結果、事業化を断念したとする。

それでも、材料データが残っている。

試験方法が確立された。

顧客の未解決課題が分かった。

競合技術の情報が集まった。

若手技術者が経験を積んだ。

新しい解析手法も身についた。

これらは次のテーマに使える。

つまり、研究テーマそのものの事業化に失敗しても、会社としての学習までゼロになるわけではない。

重要なのは、その知識を個人の経験だけで終わらせず、次の研究へ再利用できる形にすることだ。

この意味で、優れた撤退とは単なる「中止」ではない。

知識と人材を次の賭けへ移すことである。

 

人材もまた、撤退できずに固定化される

この問題は研究テーマだけではない。

人材育成でも同じことが起こる。

ある技術分野を将来の重点領域と考え、若手技術者を五年間育成したとする。

ところが市場環境が変わり、その技術の重要性が低下した。

それでも、

「せっかく五年間育成したのだから」

という理由で、その人を同じ分野に置き続けてしまうことがある。

しかし、本当に重要なのは、その人が過去に何を学んだかではなく、

これから会社のどこで最も大きな価値を生み出せるか

である。

研究テーマと同じように、人材ポートフォリオも見直さなければならない。

技術分野が変われば、再教育する。

別の事業へ移す。

専門性を隣接領域へ展開する。

DQL自身も、特定技術だけに自分の価値を固定してはいけない。

研究開発環境が変わる以上、人材もまた学び直し、役割を変えていく必要がある。

この柔軟性は、自律した技術人材にとって重要な能力になる。

 

「失敗した人」を責める組織では、誰も早くやめられない

撤退を難しくしているのは、個人心理だけではない。

組織文化も大きい。

テーマを中止した担当者が、

「失敗した人」

として扱われる会社では、誰も早く撤退しようとしなくなる。

当然である。

やめれば評価が下がるなら、担当者は何とか継続する理由を探す。

追加実験を提案する。

条件を変える。

目標を修正する。

市場予測を楽観的に作り直す。

その結果、本来500万円の損失で済んだテーマが、5000万円の損失になる。

これは個人の問題というより、評価制度の問題である。

良い研究開発組織では、「成功したかどうか」だけでなく、

適切なタイミングで正しい意思決定をしたか

を見る必要がある。

十分な根拠を持って挑戦し、新しい情報から見込みが薄いと判断し、早期撤退したのであれば、それは優れた仕事である。

失敗を隠して追加投資を続けるより、はるかに会社へ貢献している。

 

DQLは「損切り」をする人でもある

株式投資では、「損切り」という言葉がある。

買った価格より株価が下がっていても、将来性がなくなったと判断すれば売却する。

過去の購入価格に執着しない。

研究開発にも、同じ原則が必要である。

ただしDQLが行う損切りは、単に「このテーマをやめましょう」と言うことではない。

今まで何が分かったのか。

成功確率はどう変化したのか。

残された技術課題は何か。

市場価値はまだ存在するのか。

追加投資に対して、どの程度のリターンが期待できるのか。

人材や知識をどこへ再配置するのか。

そこまで考えて初めて、合理的な撤退になる。

研究開発には、始める能力が必要である。

続ける能力も必要である。

そして同じくらい、

やめる能力が必要である。

優れたDQLは、情熱を持ってテーマを推進する。

しかし、その情熱によって事実が見えなくなることは避ける。

自分が正しかったことを証明するためではなく、会社が将来勝つために判断する。

それが自律した研究開発リーダーの条件である。

 

「勝率の高いテーマ」だけを残しても、会社は強くならない

ここまで読むと、見込みの薄いテーマを早くやめ、確実なテーマへ集中すればよいように思えるかもしれない。

しかし、それにも落とし穴がある。

撤退判断を厳しくしすぎると、今度は成功確率の高いテーマだけが残る。

既存技術を使った改良。

既存顧客向けの派生品。

小さなコストダウン。

これらは成功しやすい。

しかし、会社の未来を大きく変える可能性も小さい。

つまり研究開発では、「失敗しそうなテーマをやめる」だけでは不十分なのである。

成功確率が低くても、成功したときの価値が非常に大きいテーマには投資する意味がある。

反対に成功確率が高くても、ほとんど利益を生まないテーマなら、優先順位は低いかもしれない。

ここで必要になるのが、

「当たりやすさ」ではなく「期待値」でテーマを見る考え方

である。

次回は、研究開発テーマの選び方をもう一段掘り下げたい。

全勝を目指す会社は、本当に強いのか。

成功確率の高いテーマばかりを選ぶことは、果たして合理的なのか。

第6章では、「成功確率ではなく、期待値でテーマを選べ」いう視点から、研究開発ポートフォリオとDQLの意思決定を考えてみたい。


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2026/10/03

【新規連載】品質を守るだけでは会社は勝てない ― 自律するDQLの仕事⑭

「成功させる責任」が、撤退を遅らせることもある

日本企業では、責任感の強い技術者ほど、この罠に入りやすい。

テーマを任された。

だから最後までやり切らなければならない。

途中でやめるのは無責任だ。

この考え方自体は、決して悪くない。

しかし研究開発では、「最後までやる」ことが会社にとって正しいとは限らない。

たとえば新しい制御装置を開発していて、当初想定した市場が急速に縮小したとする。

技術的にはあと半年で完成できそうである。

担当チームは優秀で、完成させる自信もある。

しかし、完成時には市場そのものが小さくなっている可能性が高い。

この場合、技術者の責任は「何としてでも完成させること」ではない。

むしろ、

会社の資源を、より価値の高いテーマへ移すこと

かもしれない。

研究開発では、「完成させること」と「成功すること」は同じではないのである。

 

「あと少し」は、本当にあと少しなのか

研究開発会議でよく聞かれる言葉がある。

「あと半年あれば」。

「あと一回試作すれば」。

「あと少し精度が上がれば」。

もちろん、本当にあと少しで解決する場合もある。

しかし、不確実性の高い研究開発では、「あと少し」が何度も繰り返されることがある。

たとえば新材料の開発で、耐久性の目標が1000時間だとする。

最初の試験では600時間だった。

材料配合を改良して750時間になった。

さらに改良して820時間まで伸びた。

ここまで来ると、「あと少しで1000時間」と感じる。

ところが、900時間付近から劣化メカニズムそのものが変わり、そこから先は別の技術課題だったと分かることもある。

数値が目標に近づいているからといって、残された開発量まで小さいとは限らない。

登山でいえば、山頂が近くに見えていても、途中に深い谷があるかもしれない。

DQLは、進捗率だけを見るのではなく、

残された不確実性の質

を見なければならない。

 

撤退基準は「始める前」に決めておく

では、どうすればサンクコストに支配されにくくなるのだろうか。

有効なのは、研究開発を始めるときに、継続条件だけでなく撤退条件も決めておくことである。

たとえば、

「一年以内に主要顧客三社から一定以上の評価が得られなければ再検討する」。

「試作三回目までに性能目標の80%へ到達しなければ、方式そのものを見直す」。

「想定量産原価が目標価格の70%以下に下がる見通しが立たなければ中止する」。

こうした条件をテーマ開始時に決めておく。

なぜ始める前なのか。

テーマに思い入れが生まれてからでは、条件を緩めたくなるからである。

試験結果が悪ければ、「今回は条件が厳しかった」と言いたくなる。

顧客評価が低ければ、「顧客がまだ新しい価値を理解していない」と説明したくなる。

人間には、自分の仮説を守る方向へ事実を解釈する傾向がある。

だからこそ、冷静な段階で「どんな結果ならやめるか」を決めておく意味がある。

 

一度決めた撤退基準も、機械的に守ればよいわけではない

ただし、撤退基準を設定すればすべて解決するわけではない。

研究開発には、新しい発見があるからだ。

当初の性能目標には届かなかったが、実験中に別の市場で使える可能性が見つかることもある。

想定顧客には評価されなかったが、別業界の顧客から強い関心を示される場合もある。

たとえば高精度な画像検査技術を半導体向けに開発していたが、要求精度に届かなかったとする。

普通なら中止候補である。

しかし、その途中で食品工場の異物検査なら十分な精度があり、しかも市場ニーズも大きいと分かった。

この場合、元のテーマはやめても、技術そのものを捨てる必要はない。

市場を変える。

用途を変える。

技術を別テーマへ移す。

つまりDQLに必要なのは、「続けるか、全部捨てるか」という二択ではない。

何をやめ、何を残すかを判断する能力である。


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2026/10/01

【新規連載】品質を守るだけでは会社は勝てない ― 自律するDQLの仕事⑬

 

第5回 研究開発で最も危険なのは、「やめられないこと」

― サンクコストに支配されないDQLの判断力

 

研究開発は、始めるより「やめる」ほうが難しい

研究開発の会議では、新しいテーマを始めるときには多くの議論が行われる。

市場性はあるか。技術的に実現できそうか。どのくらいの投資が必要か。競合に勝てるか。顧客は本当に欲しがっているか。

ところが、いったんテーマが始まると、状況は少し変わる。

半年経っても思ったほど性能が出ない。

一年経っても顧客評価が芳しくない。

原価を計算してみると、当初想定よりかなり高い。

それでも会議では、「もう少し続けてみよう」という意見が出やすい。

なぜなら、すでに時間も金も人も使っているからである。

ここに、研究開発の難しさがある。

新しいテーマを始めるには勇気がいる。

しかし実際には、見込みの薄くなったテーマをやめるほうが、もっと大きな勇気を必要とする。

 

「ここまでやったのだから」が最も危険な言葉になる

簡単な例を考えてみよう。

あるメーカーが、新しいセンサー技術の研究開発に取り組んでいるとする。

当初の計画では、2年で製品化し、開発費は5000万円程度の予定だった。

ところが1年半が経過しても、必要な精度が安定して出ない。

追加実験も行った。外部の専門家にも相談した。設備も購入した。

すでに4000万円を使っている。

ここで担当者が言う。

「ここまで4000万円使ったのだから、あと1000万円だけ追加して完成させたい」。

一見すると合理的に聞こえる。

しかし、本当に見るべきなのは過去の4000万円ではない。

その4000万円は、もう戻ってこない。

今考えるべきなのは、

これから1000万円を追加したときに、その1000万円に見合う成果が期待できるか

という一点である。

過去にいくら使ったかは、本来、次の投資判断とは切り離して考えなければならない。

これがサンクコストの問題である。

 

ギャンブルでいう「追い銭」は、研究開発でも起こる

ギャンブルで最も危険な状態の一つは、負けた金を取り戻そうとして賭け金を増やすことである。

1万円負けた。

次は2万円賭ける。

それでも負けた。

今度は5万円賭ける。

本人の頭の中では、「勝てばこれまでの損失を取り戻せる」と考えている。

しかし、過去の負けは次の勝率を高めてくれるわけではない。

研究開発にも、これとよく似たことが起こる。

一年間研究した。

二年間研究した。

設備を購入した。

専任チームも作った。

経営会議でも「重点テーマ」として発表した。

こうなると、撤退する心理的なハードルは急激に高くなる。

そして本来なら、

「今の情報で判断すれば、このテーマにはもう追加投資しない」

という結論になるはずなのに、

「ここまでやったのだから、もう一年だけ」

という判断に変わってしまう。

これは研究開発における「追い銭」である。


テーマそのものより、「自分の判断」を守ろうとしてしまう

研究開発がやめられなくなる理由は、金だけではない。

人間の心理も大きく関係している。

ある技術者が三年間、新しい製品の開発リーダーを務めていたとする。

その人は社内で、「この技術は必ず伸びる」と説明してきた。

部下にもそう言っている。

経営層にも投資を求めてきた。

顧客にも将来構想を話している。

この状態で、「やはり、このテーマはやめたほうがよい」と言うのは簡単ではない。

それは単に研究テーマを止めることではない。

自分の過去の判断が間違っていた可能性を認めることでもあるからだ。

そこで無意識のうちに、テーマの将来性を評価するのではなく、自分の過去の判断を正当化するためにテーマを続けるようになる。

これは非常に危険である。

DQLに必要なのは、技術への自信だけではない。

自分の仮説が間違っていたときに、それを認められる強さである。


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2026/09/30

【新規連載】品質を守るだけでは会社は勝てない ― 自律するDQLの仕事⑫

実験とは「性能確認」ではなく「意思決定」のために行う

技術者にとって、実験は身近なものである。

しかし、研究開発の上流では実験の目的を少し広く考えたほうがよい。

実験は単に「この性能が出るか」を確認するものではない。

次に何をするかを決めるために行うものである。

たとえば、三種類の技術方式があるとする。

A方式は性能が高いが高価である。

B方式は性能は中程度だが量産しやすい。

C方式はまだ不安定だが、成功すれば大幅な低コスト化が期待できる。

このとき、すべてを完成レベルまで開発して比較する必要はない。

簡単な実験を組んで、「どの方式に投資を続ける価値があるか」を判断できればよい。

ここでは実験計画法や統計手法が役に立つ。

少ない試験回数でも、主要因や傾向を把握できれば、次の投資判断がしやすくなる。

大切なのは高度な解析を行ったかどうかではない。

その実験によって、意思決定が前に進んだかどうかである。

 

失敗のコストを小さくすれば、挑戦回数を増やせる

企業が挑戦を避ける理由の一つは、「失敗すると大きな損失になる」からである。

それならば、失敗そのものをなくそうとするのではなく、失敗したときの損失を小さくすればよい。

たとえば一つの研究テーマに最初から1億円を投資する会社と、500万円の初期検証を20件行う会社を比べてみる。

前者では、一つのテーマが失敗すると大きな損失になる。

そのため、テーマ選定は慎重になり、社内承認も厳しくなる。

結果として、挑戦できるテーマ数が減っていく。

後者では、20件のうち15件が途中で終了してもよい。

残った5件に追加投資し、そのうち1件か2件が大きな事業になれば、ポートフォリオ全体として成功する可能性がある。

これはベンチャーキャピタルの投資にも似ている。

すべての投資先が成功することを前提にしていない。

重要なのは、失敗を限定しながら、成功した案件から大きなリターンを得ることである。

研究開発にも同じ考え方を導入できる。

失敗を許容できる大きさに設計すれば、会社はもっと大胆に挑戦できる。

 

「試作品を作る」のではなく「仮説を試す」

研究開発現場では、「まず試作品を作りましょう」という言葉がよく使われる。

しかし、私はここでも少し注意が必要だと思う。

何を確認するのかが曖昧なまま試作品を作ると、試作そのものが目的になってしまう。

見栄えのよい試作品ができる。

展示会にも出せる。

経営者にも説明しやすい。

しかし、本当に重要な仮説は何も検証されていない。

たとえば業務支援用のAIシステムなら、最初から立派な画面を作る必要はない。

Excelと既存AIサービスを組み合わせた簡易版でも、顧客が本当にその機能を使うかどうかは確認できる。

新しい機械装置でも、最初から量産に近い試作機を作る必要はない。

重要な原理だけを確認する治具で十分な場合もある。

つまり、

試作品の完成度ではなく、検証した仮説の重要度を見る。

この考え方を持つだけで、研究開発のスピードと費用は大きく変わる。

 

DQLは「学習速度」を設計する

ここまで述べてきたことを整理すると、DQLの仕事は製品を設計することだけではない。

研究開発という学習プロセスそのものを設計することでもある。

何が分かっていないのか。

その中で、何が事業の成否を最も左右するのか。

それを最も安く確認する方法は何か。

どの結果なら次へ進み、どの結果なら修正し、どの結果ならやめるのか。

ここまで考えてから実験や試作を行う。

この能力は、これからますます重要になる。

AIによって調査や解析の速度が上がれば、情報を集めること自体の価値は下がっていく。

一方で、「何を確かめるべきか」を決める能力の価値は高まる。

未来を完全に予測することはできない。

しかし、小さく試すことはできる。

仮説が間違っていれば、早く修正できる。

正しければ、確信を持って次の投資へ進める。

研究開発で強い企業とは、失敗しない企業ではない。

一回の失敗を小さくし、失敗から学び、次の意思決定を速くできる企業である。

そして、その学習サイクルの中心に立つのがDQLである。

ただし、ここで一つ厄介な問題が残る。

小さく試した結果、「このテーマはやめたほうがよい」と分かったとする。

理屈では撤退すべきである。

ところが、実際の企業では簡単にはやめられない。

すでに何千万円も使っている。

三年間研究してきた。

担当者が人生をかけている。

経営幹部が期待している。

すると、本来は「損失を小さくするための研究開発」が、いつの間にか「ここまで使った金を取り戻すための研究開発」に変わってしまう。

ギャンブルで最も危険なのは、負けたことそのものではない。

負けを認められず、さらに賭け金を増やすことである。

次回は、この研究開発における「追い銭」の問題を考えたい。


第5章では、「研究開発で最も危険なのは、やめられないこと」である。

 


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2026/09/29

【新規連載】品質を守るだけでは会社は勝てない ― 自律するDQLの仕事⑪

 研究開発の初期投資は、「成果を買う金」ではなく「情報を買う金」である

研究開発では、投資した金額に対して「何が完成したか」を評価したくなる。

しかし初期段階では、完成品ができなくても価値がある。

重要な仮説が間違っていると分かったなら、それは十分に成果である。

たとえば新しい樹脂材料を使った部品を開発していたとする。

材料メーカーのデータシートでは、従来材よりも耐薬品性が高い。

そこで製品設計を進める前に、実際の使用環境を模擬した簡単な浸漬試験を行った。

すると、特定の薬液条件では想定以上に膨潤することが分かった。

この試験に50万円かかったとする。

「50万円使ったのに開発が前に進まなかった」と考えることもできる。

しかし本当は逆である。

もしこの試験をせず、金型を作り、量産評価まで進んでから問題が発覚していれば、数千万円の損失になったかもしれない。

つまり50万円で、

「このまま進むと危険である」という情報を買った

のである。

研究開発初期の投資は、完成品を買うための投資だけではない。

不確実性を減らすための投資でもある。

 

何を先に試すかで、開発効率は大きく変わる

「小さく試す」といっても、何でも片っ端から試せばよいわけではない。

重要なのは、事業の成否を左右する不確実性から先に確認することである。

たとえば新しいセンシング製品を開発するとしよう。

技術者としては、まずセンサー精度を高めたくなる。

精度1%を0.5%にしたい。応答速度をもっと速くしたい。ノイズを減らしたい。

しかし、その製品の最大のリスクが「顧客が既存設備にセンサーを追加する工事を嫌がること」だとしたら、精度向上を半年続けても事業リスクはほとんど減らない。

この場合、先に確認すべきなのは取り付け性かもしれない。

既存設備を止めずに取り付けられるのか。

現場作業者が30分で設置できるのか。

無線通信でデータを送れるのか。

こうした条件が成立しなければ、どれほど高精度なセンサーでも売れない。

DQLは、技術的に面白い課題から取り組むのではなく、事業を止める可能性が最も高い不確実性から潰していく必要がある。

 

「最も危険な仮説」を最初に探す

研究開発テーマには、必ず複数の仮説がある。

「この顧客課題は本当に大きい」。

「この技術で解決できる」。

「この価格なら買ってもらえる」。

「量産できる」。

「競合より優位性がある」。

これらすべてが正しければ事業は成立する。

しかし、一つでも致命的な仮説が崩れれば、事業全体が成立しない場合がある。

そこでDQLは、最初にこう問う。

「この事業が失敗するとしたら、最もありそうな理由は何か」

この問いは非常に有効である。

たとえば、新しい画像検査装置を企画しているとする。

技術者は画像認識精度が最大の課題だと思っている。

ところが顧客へ確認すると、「精度90%でもいいから、既存ラインに一日で導入できることのほうが重要だ」と言われるかもしれない。

すると、最大の不確実性はAIモデルではなく、設備との接続性や導入工数だったことになる。

ここを早い段階で知ることができれば、開発の方向を大きく誤らずに済む。

 

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