2-3.製品起点から顧客起点へ
新規研究開発テーマを考える会議では、つい「次は何を作るか」という話から始まりがちです。
「AIを搭載したPLCはどうか」
「もっと高性能なセンサーはできないか」
「クラウドサービスを始めるべきではないか」
どれも間違いではありません。けれど、この考え方だけでは、研究開発テーマが技術者側の都合に寄りやすくなります。
そこで一度、出発点を変えてみます。
何を作るかではなく、顧客が何を失っているかから考える。
これが、今回のテーマです。
顧客は「高性能」が欲しいわけではない
たとえば、あるPLCにAI機能を搭載するとします。
技術的には面白いテーマです。ところが顧客から見れば、「AIが載っていること」そのものに価値があるわけではありません。
顧客が困っているのは、
「条件が少しずつずれて、不良率が上がる」
「原因が分かるまでに何時間もかかる」
「熟練者しか異常に気付けない」
といった問題です。
であれば、研究テーマは「AI搭載PLC」ではなく、
「品質変動を制御条件から自動検出する」
と置いた方がよい。
こうすると、必要な技術を後から考えられます。AIが必要かもしれませんし、統計的な変化点検出で十分かもしれません。PLC内部で処理するのか、エッジコンピュータを使うのかも、テーマを検討する中で決めればよいのです。
最初から手段を固定しないことが重要です。
「新型センサー」では損失が見えない
センサーでも同じです。
「高精度な新型センサーを開発する」というテーマだけを見ると、精度をどこまで上げるか、応答速度をどうするか、といった議論になります。
しかし実際の現場では、別の問題が起きています。
たとえばセンサーが徐々に劣化しているのに、それに気付かず測定を続けてしまう。結果として良品を不良と判定したり、逆に不良品を見逃したりする。
この場合、顧客が失っているのはセンサー性能ではなく、誤判定による品質損失や停止時間です。
そこでテーマを、
「センサー劣化による誤判定を防止する」
と置き換えてみます。
すると、センサーの自己診断、ドリフト検出、他のセンサーとの比較、校正時期の予測など、複数の解決策が見えてきます。
製品起点では見えなかった研究テーマが出てくるわけです。
サーボ性能も「何秒縮まるか」で考える
サーボモーターやサーボアンプでは、高速応答、高精度、高トルクといった性能指標が重要です。
ただ、新規テーマを考えるときには、
「応答速度を20%向上する」
だけでは少し弱い。
それによって顧客の何が改善するのかを考えます。
たとえば整定時間が短くなれば、1サイクルあたり0.2秒短縮できるかもしれません。1時間あたりの生産数が増え、年間では相当な生産能力向上につながる可能性があります。
すると研究テーマは、
「整定時間を短縮して設備能力を向上する」
となります。
この表現に変えると、サーボ単体だけでなく、制御アルゴリズム、機械剛性、振動抑制、ティーチング方法まで研究対象になってきます。
HMIは「見やすさ」より復旧時間
HMIについても、「大型画面」「高解像度」「新しいUI」といった製品側のテーマだけでは不十分です。
工場では、設備異常が起きたとき、作業者が大量の警報の中から原因を探し、マニュアルを確認し、復旧操作を行っています。
そこで発生している損失は、誤操作や復旧時間です。
であればテーマは、
「誤操作と復旧時間を減らす」
となります。
必要なのは必ずしも新型HMIではありません。
警報の優先順位付け、故障原因の推定、復旧手順のナビゲーション、過去の類似トラブル表示など、ソフトウェア側の研究テーマが重要になるかもしれません。
クラウドも目的ではない
DX関連では特に注意が必要です。
「クラウドサービスを始める」
「設備データをクラウドに上げる」
といったテーマはよくあります。
しかし、クラウドにつながっただけでは顧客価値は生まれません。
たとえば複数工場を持つ企業では、設備保全の判断基準が工場ごとに異なっていることがあります。
A工場では予防交換する。
B工場では故障するまで使う。
C工場では熟練保全員の経験で判断する。
このばらつきによって、保全費用や設備停止時間に差が出ているとすれば、
「複数工場の保全判断を標準化する」
ことが顧客価値になります。
クラウドは、そのための手段の一つです。
テーマの名前を変えるだけでも議論は変わる
製品起点と顧客損失起点を並べると、違いがよく分かります。
この二つは、似ているようでかなり違います。
左側は「何を作るか」です。
右側は「何を改善するか」です。
新規研究開発の初期段階では、右側から考えた方が選択肢を広く持てます。
しかも、テーマの価値を評価しやすくなります。
品質変動による損失はいくらか。
設備停止1時間はいくらか。
段取り時間を10分短縮すると年間いくらになるか。
誤操作を半減すると、どれだけ復旧工数が減るか。
こうした問いにつなげられるからです。
研究テーマを「技術的に面白いか」だけで評価するのではなく、顧客が現在負担している損失を、どれだけ減らせるかで見る。
ここまで来ると、新規研究開発テーマと事業テーマの距離がぐっと近くなります。
もちろん、すべての基礎研究を短期的な顧客損失に結びつける必要はありません。しかし、事業化を前提とした研究開発テーマであれば、「この技術で何ができるか」より先に、「誰の、どんな損失を減らすのか」を問い直す価値があります。
では、実際に顧客損失から有望なテーマをどう発見すればよいのでしょうか。
次回からは、「3.新規テーマを発見する方法」**に入り、まず 「3-1.テーマ探索の基本構造」として、市場、顧客課題、自社技術をどのように結びつければ研究開発テーマになるのかを整理していきます。
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