企業がDQLを育てることは、「意思決定を分散すること」でもある
DQL(設計品質リーダー)を育てることには、企業経営上もう一つ大きな意味がある。
意思決定を現場へ近づけることができる。
すべての研究開発判断を役員や部長が決めている会社では、意思決定が遅くなる。
技術の詳細を経営層へ説明し、何度も会議を開き、承認を待つ。
一方、現場のリーダーが顧客価値、技術リスク、事業性まで理解していれば、一定範囲の判断を任せることができる。
これは、船の操縦に似ている。
船長が、エンジン出力や舵角のすべてを逐一指示していたら、船は機敏に動けない。
それぞれの役割を理解した乗組員が、自分の判断で行動できるからこそ、大きな船でも速く動ける。
DQLを増やすということは、企業の中に「自分で判断できる小さな経営者」を増やすことでもある。
ジェダイトがDQL育成に取り組む理由
私たち株式会社ジェダイトが設計品質リーダー育成に取り組んでいるのも、まさにこの問題意識からである。
製造業には、優秀な技術者が数多くいる。
しかし、その技術者が必ずしも、顧客価値、事業性、研究開発投資、リスク、組織を横断した意思決定まで学ぶ機会を与えられているとは限らない。
専門技術は社内で学べる。
設計手法の研修もある。
しかし、
「自分が経営者だったら、この研究テーマに投資するか」
「この製品は本当に顧客の損失を減らすのか」
「技術的には魅力的でも、事業として撤退すべきではないか」
と考える訓練は、意外に少ない。
DQL育成コースでは、こうした視点を身につけることを重視している。
単に手法を習得するのではなく、実際の開発や事業の状況に近い課題を通じて考え、自ら判断し、それを説明する。
その過程で、自分の思考の癖にも気づく。
技術だけを見てしまう人もいる。
失敗を恐れすぎる人もいる。
逆に、思いついたアイデアに惚れ込みすぎる人もいる。
そうした自分自身の判断パターンを知り、必要に応じて修正することも、DQLとして成長するうえでは重要である。
知識を増やすだけでなく、「仕事の見え方」を変える
DQL育成で最終的に目指すのは、知識項目を増やすことではない。
受講前と受講後で、同じ仕事を見たときの見え方が変わることである。
以前なら、
「この部品の性能をどう上げるか」
と考えていた人が、
「そもそも、顧客はこの性能に価値を感じているのか」
と考えるようになる。
以前なら、
「このテーマを成功させなければ」
と考えていた人が、
「この会社にとって、今もこのテーマへ投資する価値があるか」
と考えるようになる。
以前なら、
「上司に判断してもらおう」
と思っていた人が、
「私はこう考える。根拠はこれである」
と言えるようになる。
この変化こそ、DQL育成の本質だと考えている。
DQLは、一朝一夕には育たない
もちろん、研修を一度受ければ翌日からDQLになれるわけではない。
DQLに必要な力は、実際の仕事の中で育つ。
顧客と話す。
失敗する。
実験する。
他分野の専門家と衝突する。
投資判断に迷う。
自分の仮説が間違っていたと認める。
そうした経験が必要である。
育成プログラムの役割は、それらをすべて代替することではない。
むしろ、経験から学ぶための「思考の型」を与えることにある。
同じ失敗を経験しても、何も学ばない人もいる。
一方で、「なぜ自分はこの判断をしたのか」と振り返り、次の行動を変える人もいる。
DQL育成は、後者になるための土台をつくる。
「稼げる技術者」とは、売上ノルマを持つ技術者ではない
本連載では「稼げるDQL」という表現を使ってきた。
この言葉についても、最後に整理しておきたい。
稼げる技術者とは、営業のように売上ノルマを持つ技術者という意味ではない。
顧客価値を理解し、自分の技術判断が企業の利益へどうつながるかを理解している技術者である。
不要な過剰品質をやめる。
大きな顧客損失を解決する。
有望な技術へ投資する。
見込みの薄いテーマから早く撤退する。
市場投入を早める。
新しい収益モデルを考える。
これらはすべて、技術者が企業利益へ貢献する行為である。
つまり「稼げる」とは、単に製品を高く売ることではない。
技術という企業資産を、より大きな経済価値へ変換できることなのである。
会社を変えるのは、「正しく賭けられる技術者」である
この連載の最初で、私は「良いものをつくれば売れる」という考え方だけでは、これからの製造業は十分に戦えないと述べた。
最終回まで来て、その理由はかなり明確になったと思う。
これから企業に必要なのは、単に良いものをつくる能力ではない。
何をつくるべきかを考える。
顧客の大きな損失を見つける。
技術を選ぶ。
小さく試す。
期待値を考える。
必要なら撤退する。
有望なら大胆に投資する。
専門家やAIを使いこなし、事業として成立させる。
この一連の意思決定を、自律的に行える人材が必要である。
それがDQLである。
ギャンブルの世界では、運を完全に支配することはできない。
ビジネスも同じである。
優れた研究開発を行っても、市場環境が変わることはある。
思わぬ技術問題が出ることもある。
競合に先を越されることもある。
だから、全戦全勝を目指すべきではない。
大切なのは、一回一回の意思決定の質を高め、負けるときは小さく負け、勝てるときには十分に勝つことである。
そして、それを繰り返した結果として、会社全体で勝ち越す。
これこそが、不確実性の時代の研究開発である。
企業の競争力を決めるのは、保有している設備や技術だけではない。
不確実な未来を前にして、自分で考え、自分で判断し、正しく賭けられる人材を何人持っているか。
これからの製造業やテック企業では、その差がますます大きくなるだろう。
株式会社ジェダイトのDQL育成コースは、そうした人材を偶然に待つのではなく、意図的に育てていくための場として位置づけている。
専門技術を持った人材を、顧客価値と事業を考えられるリーダーへ。
指示された問題を解く人材を、自ら解くべき問題を見つけられる人材へ。
そして、失敗を避ける人材から、取るべきリスクを選び、会社の未来へ資源を投じられる人材へ。
企業がこれから育てるべきなのは、単なる「優秀な技術者」ではない。
自律的で、稼げるDQLである。
(連載記事おわり)
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