失敗した研究開発から「回収できるもの」を考える
研究開発テーマを中止すると、「何も残らなかった」という評価になりやすい。
しかし、本当にそうだろうか。
あるテーマを二年間研究した結果、事業化を断念したとする。
それでも、材料データが残っている。
試験方法が確立された。
顧客の未解決課題が分かった。
競合技術の情報が集まった。
若手技術者が経験を積んだ。
新しい解析手法も身についた。
これらは次のテーマに使える。
つまり、研究テーマそのものの事業化に失敗しても、会社としての学習までゼロになるわけではない。
重要なのは、その知識を個人の経験だけで終わらせず、次の研究へ再利用できる形にすることだ。
この意味で、優れた撤退とは単なる「中止」ではない。
知識と人材を次の賭けへ移すことである。
人材もまた、撤退できずに固定化される
この問題は研究テーマだけではない。
人材育成でも同じことが起こる。
ある技術分野を将来の重点領域と考え、若手技術者を五年間育成したとする。
ところが市場環境が変わり、その技術の重要性が低下した。
それでも、
「せっかく五年間育成したのだから」
という理由で、その人を同じ分野に置き続けてしまうことがある。
しかし、本当に重要なのは、その人が過去に何を学んだかではなく、
これから会社のどこで最も大きな価値を生み出せるか
である。
研究テーマと同じように、人材ポートフォリオも見直さなければならない。
技術分野が変われば、再教育する。
別の事業へ移す。
専門性を隣接領域へ展開する。
DQL自身も、特定技術だけに自分の価値を固定してはいけない。
研究開発環境が変わる以上、人材もまた学び直し、役割を変えていく必要がある。
この柔軟性は、自律した技術人材にとって重要な能力になる。
「失敗した人」を責める組織では、誰も早くやめられない
撤退を難しくしているのは、個人心理だけではない。
組織文化も大きい。
テーマを中止した担当者が、
「失敗した人」
として扱われる会社では、誰も早く撤退しようとしなくなる。
当然である。
やめれば評価が下がるなら、担当者は何とか継続する理由を探す。
追加実験を提案する。
条件を変える。
目標を修正する。
市場予測を楽観的に作り直す。
その結果、本来500万円の損失で済んだテーマが、5000万円の損失になる。
これは個人の問題というより、評価制度の問題である。
良い研究開発組織では、「成功したかどうか」だけでなく、
適切なタイミングで正しい意思決定をしたか
を見る必要がある。
十分な根拠を持って挑戦し、新しい情報から見込みが薄いと判断し、早期撤退したのであれば、それは優れた仕事である。
失敗を隠して追加投資を続けるより、はるかに会社へ貢献している。
DQLは「損切り」をする人でもある
株式投資では、「損切り」という言葉がある。
買った価格より株価が下がっていても、将来性がなくなったと判断すれば売却する。
過去の購入価格に執着しない。
研究開発にも、同じ原則が必要である。
ただしDQLが行う損切りは、単に「このテーマをやめましょう」と言うことではない。
今まで何が分かったのか。
成功確率はどう変化したのか。
残された技術課題は何か。
市場価値はまだ存在するのか。
追加投資に対して、どの程度のリターンが期待できるのか。
人材や知識をどこへ再配置するのか。
そこまで考えて初めて、合理的な撤退になる。
研究開発には、始める能力が必要である。
続ける能力も必要である。
そして同じくらい、
やめる能力が必要である。
優れたDQLは、情熱を持ってテーマを推進する。
しかし、その情熱によって事実が見えなくなることは避ける。
自分が正しかったことを証明するためではなく、会社が将来勝つために判断する。
それが自律した研究開発リーダーの条件である。
「勝率の高いテーマ」だけを残しても、会社は強くならない
ここまで読むと、見込みの薄いテーマを早くやめ、確実なテーマへ集中すればよいように思えるかもしれない。
しかし、それにも落とし穴がある。
撤退判断を厳しくしすぎると、今度は成功確率の高いテーマだけが残る。
既存技術を使った改良。
既存顧客向けの派生品。
小さなコストダウン。
これらは成功しやすい。
しかし、会社の未来を大きく変える可能性も小さい。
つまり研究開発では、「失敗しそうなテーマをやめる」だけでは不十分なのである。
成功確率が低くても、成功したときの価値が非常に大きいテーマには投資する意味がある。
反対に成功確率が高くても、ほとんど利益を生まないテーマなら、優先順位は低いかもしれない。
ここで必要になるのが、
「当たりやすさ」ではなく「期待値」でテーマを見る考え方
である。
次回は、研究開発テーマの選び方をもう一段掘り下げたい。
全勝を目指す会社は、本当に強いのか。
成功確率の高いテーマばかりを選ぶことは、果たして合理的なのか。
第6章では、「成功確率ではなく、期待値でテーマを選べ」いう視点から、研究開発ポートフォリオとDQLの意思決定を考えてみたい。
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