2026/09/25

【新規連載】品質を守るだけでは会社は勝てない ― 自律するDQLの仕事⑨

 「顧客損失」を金額に変えると、技術テーマの優先順位が見える

研究開発テーマの会議では、テーマの魅力度が形容詞で語られることが多い。

「将来性がある」。

「重要な顧客から要望されている」。

「技術的に面白い」。

「成長市場である」。

どれも間違いではないが、複数テーマを比較するときには弱い。

そこで、可能な限り顧客損失を金額へ変換してみる。

設備停止なら、1時間停止した場合の生産損失はいくらか。

不良なら、廃棄費だけでなく、再加工、検査、顧客対応まで含めていくらかかっているか。

保守なら、作業者の工数、交換部品、設備停止を含めた年間費用はいくらか。

熟練者依存なら、その人が退職した場合にどれだけの生産性や品質が失われるか。

厳密な数字でなくてもよい。

最初は概算でもいい。

重要なのは、技術テーマを「面白いかどうか」から、「どれほどの経済価値を生み出せる可能性があるか」へ翻訳することである。

DQLは、技術の言葉と経営の言葉をつなぐ必要がある。

「このセンサーは精度が高い」という説明だけでなく、

「この精度が実現すれば、現在年間3000万円発生している停止損失を半減できる可能性がある」

と説明できることが重要である。

この瞬間、技術開発は単なる研究費ではなく、投資候補になる。

 

顧客損失が大きくても、自社が勝てなければ意味がない

ただし、顧客損失が大きいからといって、すぐに研究開発テーマにしてよいわけではない。

事業機会には、もう一つの条件がある。

自社がその問題を解決する合理的な理由があるか

ということである。

市場が大きいから参入する。

AIが伸びているからAI事業を始める。

半導体市場が成長しているから関連製品を開発する。

これだけでは弱い。

競合企業も同じ市場を見ているからである。

自社にしか持っていない顧客接点がある。

独自技術がある。

蓄積したデータがある。

製造ノウハウがある。

既存製品と組み合わせられる。

規制や品質要求に対応できる。

サービス網がある。

こうした優位性と顧客課題が重なったところに、強い研究開発テーマが生まれる。

したがってDQLは、顧客だけを見ていてもいけない。

顧客の損失と、自社の強みの交点を探す必要がある。

そこに競合の状況や市場成長性を重ねる。

その結果として初めて、「このテーマには会社の資源を賭ける価値がある」という判断ができる。

 

DQLは「顧客」と「技術」と「経営」を往復する

ここまで来ると、DQLに必要な役割がさらに明確になる。

DQLは市場調査の専門家ではない。

営業担当者でもない。

研究者でも、設計者でも、品質保証担当者でもない。

しかし、それらすべての領域をつながなければならない。

顧客の現場へ行き、問題を理解する。

その問題を技術課題へ翻訳する。

研究者や設計者と解決方法を考える。

技術的な不確実性を評価する。

必要なら試作や実験を行う。

そして、解決できた場合にどれほどの事業価値が生まれるかを経営へ説明する。

つまりDQLは、顧客、技術、経営の三つの世界を往復する人である。

この往復ができなければ、研究開発は分断される。

営業は「顧客が欲しいと言っている」と言い、技術者は「技術的に難しい」と言い、経営者は「いくら儲かるのか」と聞く。

それぞれが正しいことを言っているのに、話がつながらない。

その翻訳者となるのがDQLである。

 

「何をつくるか」を決めるところから、技術者の仕事は始まる

日本の製造業では長いあいだ、「どうやって良いものをつくるか」が技術者の中心課題だった。

これからは、その一つ前の問いが重要になる。

何をつくるべきなのか。

さらに言えば、

誰の、どの損失を減らすためにつくるのか。

ここが明確になれば、技術開発の方向性も変わる。

必要な性能が見える。

許容できるコストが見える。

優先すべき研究テーマが見える。

顧客にとって不要な過剰品質も見えてくる。

そして何より、技術者自身が、自分たちの仕事がどのように顧客価値と企業利益につながっているかを理解できるようになる。

これが「稼げる技術者」の出発点である。

DQLは、優れた設計をする人である前に、価値のある問題を選べる人でなければならない。

技術テーマを探すのではない。

まず、顧客が現在支払っている損失を探す。

その損失を大きく減らせる可能性があり、自社に解決する力があるなら、そこに研究開発資源を投じる。

この順序を守るだけでも、研究開発テーマの質は大きく変わるはずである。

しかし、ここで次の問題が出てくる。

魅力的な顧客課題を見つけても、その解決策が本当に成功するかどうかは、まだ分からない。

市場性にも技術にも不確実性が残っている。

では、その状態でどこまで投資すればよいのか。

完璧な事業計画を作ってから動くべきなのか。それとも、まず試してみるべきなのか。

次回は、未来を予測することに時間を使いすぎるのではなく、「小さく賭けて、早く学ぶ」という研究開発の考え方を取り上げたい。

※御社のプロダクト(製品・サービス)分野で同様の話が聞きたい!という場合は、どうぞご相談ください。

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2026/09/24

【新規連載】品質を守るだけでは会社は勝てない ― 自律するDQLの仕事⑧

優れた研究テーマは、「大きな損失」と「未解決」から生まれる

研究開発テーマの魅力度を考えるとき、私は二つの軸を見ると分かりやすいと考えている。

一つは、顧客損失の大きさである。

もう一つは、その損失が現在どの程度解決されているかである。

損失が大きく、しかも既存の解決策が不十分な領域には、大きな事業機会がある。

逆に損失が小さい領域では、技術的に面白くても市場は小さい可能性が高い。

また、損失が大きくても、すでに安価で優れた解決策が存在するなら、後発企業が利益を得る余地は限られる。

研究開発テーマを探索するときには、「市場規模が大きいか」だけでは足りない。

その市場の中で、どのような問題がまだ十分に解決されていないのかを見る必要がある。

たとえば成熟した市場でも、顧客の現場を詳しく観察すると、意外なほど大きな未解決問題が残っていることがある。

装置の調整に熟練者が必要である。

異常原因の特定に何時間もかかる。

点検のためだけに設備を停止している。

帳票作成に人が張り付いている。

予防保全のために、まだ使える部品を大量に交換している。

こうした問題は、一見地味である。

しかし、顧客が毎年払い続けている損失を合計すると、非常に大きな金額になることがある。

そこにAI、センシング、制御、材料、シミュレーションなどの技術を当てれば、新しいプロダクトが生まれる。

この順番が重要である。

AIがあるからAI製品を考えるのではない。解決すべき損失があり、その解決手段としてAIが有効ならAIを使う。

これがDQLに求められる発想である。

 

技術者は「要求仕様」の一歩手前まで行かなければならない

設計者は通常、要求仕様を受け取って仕事を始める。

流量はいくら必要か。温度範囲はいくつか。重量は何kg以下か。精度はいくらか。寿命は何年か。

こうした要求を満たすことは設計者の重要な役割である。

しかしDQLは、要求仕様のさらに一歩手前へ行く。

なぜその流量が必要なのか。

なぜその精度が必要なのか。

その性能を達成すると、顧客のどの損失が減るのか。

もし要求を少し緩めても顧客価値が変わらないのであれば、もっと安い設計ができないか。

逆に、要求されていない性能でも、顧客損失を大きく減らせるのであれば、新しい提案ができないか。

ここまで考えると、技術者は単に要求仕様を満たす人ではなくなる。

要求仕様そのものを設計できる人になる。

これはスマイルカーブの上流へ技術者が踏み出すということである。

顧客要求を技術特性へ展開するQFDなどの手法も、この段階で有効になる。

ただし、QFDの表を完成させることが目的ではない。

何を重視すれば、顧客にとって最も大きな価値を生み出せるかを考えるために使うのである。

 

顧客が語る「欲しいもの」を、そのまま信じてはいけない

顧客起点というと、「顧客に聞けばよい」と思われがちである。

しかし、これは半分正しく、半分危険である。

顧客は現在の困りごとについては詳しい。

一方で、その問題をどのような新しい技術で解決できるかまでは分からない場合が多い。

もし20年前に顧客へ「どんな携帯電話が欲しいですか」と聞けば、より小さく、電池が長持ちし、通話音質の良い携帯電話という答えが多かっただろう。

全面タッチパネルで、カメラ、地図、決済、動画、SNSまで統合された端末を要求仕様として答えられた人は多くなかったはずだ。

だから、顧客の言葉をそのまま製品仕様にしてはいけない。

DQLが聞くべきなのは、「何が欲しいですか」だけではない。

現場で何をしているのか。

どこで時間がかかっているのか。

何が失敗しているのか。

その失敗が起こると何が困るのか。

現在はどのような代替手段を使っているのか。

そこにどれだけの金、人、時間が投入されているのか。

顧客が口にする要求の奥にある「本当に解決したい問題」を探す。

ここがプロダクト企画の腕の見せどころである。


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2026/09/23

【新規連載】品質を守るだけでは会社は勝てない ― 自律するDQLの仕事⑦

 

第3章 技術テーマではなく「顧客の損失」を探せ

― 儲かるプロダクト企画は、技術ではなく「困りごと」から始まる

 

研究開発テーマは、どこから生まれているのか

企業の研究開発会議に出ると、よく目にする光景がある。

新しい材料が見つかったので用途を探したい。AIを使った新製品を考えたい。競合が取り組んでいるので、自社でも始めたい。社内に長年蓄積してきた技術があるので、それを生かせる市場を探したい。

どれも研究開発テーマとして不自然ではない。

実際、優れた技術シーズから新しい事業が生まれることはあるし、技術の蓄積そのものが企業の重要な資産であることも間違いない。

しかし、一つ注意しなければならない。

「技術があるから、それを使える製品を考える」という順番だけで研究開発テーマを作ると、技術的には魅力的でも、事業としては弱いプロダクトが生まれやすい。

技術者にとって面白いことと、顧客がお金を払いたいことは同じではないからである。

前回、研究開発とは本質的に「賭け」であると述べた。

だとすれば、最初に考えるべきなのは「どの技術に賭けるか」ではない。

どの顧客課題に賭けるかである。

技術は、その課題を解決するための手段として後から選べばよい。

 

顧客は「製品」ではなく「損失の解消」にお金を払う

企業が製品を販売していると考えると、商品企画はスペックの競争になりやすい。

もっと速くしよう。もっと軽くしよう。精度を上げよう。耐久性を高くしよう。機能を追加しよう。

しかし、顧客の側から見ると少し違う。

顧客は、性能そのものを買っているとは限らない。

その性能によって、自分が抱えている問題が解決されるからお金を払っている。

たとえば工場で使われるバルブを考えてみよう。

顧客が欲しいのは、必ずしも「高性能なバルブ」ではない。

液漏れが起きて設備が停止する時間を減らしたい。薬液交換時の作業負担を減らしたい。保守周期を延ばしたい。製品への異物混入を防ぎたい。設備立ち上げ時の調整時間を短縮したい。

顧客にとって価値があるのは、このような損失が減ることである。

設備停止が1時間短くなれば、いくらの利益が生まれるのか。

保守作業が年間10回から2回になれば、人件費や交換部品費はどれだけ減るのか。

歩留まりが0.5%改善すれば、年間いくらの価値になるのか。

そこまで考えると、「高性能」という曖昧な言葉が、具体的な経済価値へ変わってくる。

私は、研究開発テーマを考えるときに最初に見るべきものは、この顧客が現在負担している損失だと考えている。

 

「困っている」と「お金を払う」は同じではない

ただし、顧客が困っていれば何でも事業になるわけではない。

ここも重要である。

顧客にヒアリングすると、さまざまな不満が出てくる。

もっと軽いほうがよい。表示が見にくい。操作が少し面倒だ。デザインを変えてほしい。報告書を自動で作ってほしい。

どれも要求としては正しい。

しかし、その要求を解決するために顧客が追加で100万円を払うかというと、話は別である。

事業になる顧客課題には、一定の「痛み」がある。

問題が発生すると生産が止まる。人手が大量に必要になる。不良が出る。事故の可能性が高まる。顧客からクレームを受ける。熟練者がいなければ仕事ができない。

このような問題には、すでに何らかのコストが発生している。

言い換えれば、顧客は現在も、その問題を放置するための「料金」を払っている。

それが人件費として表れているかもしれない。

廃棄損失かもしれない。

設備停止による機会損失かもしれない。

あるいは担当者の膨大な時間として埋もれているかもしれない。

ここに事業機会がある。

顧客が現在1000万円の損失を負担している問題を、200万円で大幅に減らせるのであれば、そこには明確な経済合理性がある。

反対に、年間1万円程度の不便を解決するために100万円の製品を開発しても、よほど別の価値がない限り事業にはなりにくい。

つまり、商品企画で問うべきなのは、

「顧客は何を欲しがっているか」

だけではない。

「顧客は今、何にどれだけ損をしているのか」

なのである。


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2026/09/22

【新規連載】品質を守るだけでは会社は勝てない ― 自律するDQLの仕事⑥

DQLは「不確実性を減らす順番」を考える

ここで、設計品質リーダー(DQL)の役割が見えてくる。

DQLは、最初から正解を知っている人ではない。

研究開発テーマに存在する不確実性を整理し、「何から確かめるべきか」を考える人である。

ある製品では、最大の不確実性が技術にあるかもしれない。

別の製品では、技術的には簡単だが、顧客がお金を払うかどうかが分からないかもしれない。

また別のテーマでは、市場性は十分でも、原価が下がらなければ事業にならないこともある。

こうした状況で、手当たり次第に実験していてはいけない。

事業の成否を最も左右する不確実性から先に潰していく必要がある。

そのために、顧客調査を使うこともある。

QFDを使って顧客価値を整理することもある。

FMEAによって重大な技術リスクを洗い出す場合もある。

実験計画法や統計解析を使って、少ない試験回数で技術仮説を検証する場合もある。

重要なのは、どの手法を使ったかではない。

限られた時間と費用で、意思決定に必要な不確実性をどれだけ減らせたか

である。

ここでも、手法は目的ではない。

より良い賭けをするための道具なのである。

 

優れたDQLは「やる理由」と同時に「やめる条件」を決める

研究開発を始めるとき、多くの企業は「なぜこのテーマをやるのか」を議論する。

市場が成長している。顧客ニーズがある。自社技術が使える。競合より有利である。

ところが、「どのような状態になったらやめるのか」は、あまり議論されない。

これは危険である。

研究開発が始まると、担当者にはそのテーマへの思い入れが生まれる。

設備を購入する。人員を投入する。顧客にも説明する。役員会で承認を受ける。

時間が経つほど、「今さらやめられない」という心理が強くなる。

そして、本来なら撤退すべきテーマに追加投資を続けてしまう。

ギャンブルでいう「負けを取り戻そうとする状態」とよく似ている。

だからこそ、優れた研究開発では、テーマを始める段階で撤退条件を考えておく必要がある。

この性能が達成できなければ中止する。この原価を超えるなら再検討する。この期限までに顧客評価が得られなければ撤退する。

あらかじめ条件を決めておけば、結果が悪かったときにも冷静に判断しやすい。

挑戦する勇気と、撤退する勇気はセットなのである。

 

「賭けない会社」は、本当に安全なのか

研究開発に対する最大の誤解は、「投資しなければ損をしない」と考えることである。

確かに、開発をしなければ開発費は発生しない。

新しい技術に挑戦しなければ、技術的な失敗も起こらない。

しかし、市場は止まってくれない。

顧客要求は変化する。競合は新製品を出す。新技術が既存製品の価値を変える。異業種から新しいプレイヤーが参入する。

企業が何もしなくても、周囲は動いている。

つまり「現状維持」もまた、一つの選択である。

そして、その選択にもリスクがある。

研究開発テーマへの投資額は会計上はっきり見えるが、挑戦しなかったことで失った将来の売上は、損益計算書には「損失」として表示されない。

ここに組織経営の難しさがある。

見えるリスクだけを減らすと、見えないリスクが膨らんでいく。

DQLには、製品の故障リスクだけでなく、

「その技術を開発しないリスク」

まで見る視点が必要になる。

 

企業に必要なのは「正しいギャンブラー」である

ここまで「賭け」という少し刺激的な表現を使ってきた。

しかし、私が言いたいのは、経営や研究開発を運任せにしようということではない。

むしろ逆である。

未来には不確実性があるという事実から目をそらさず、その中でできるだけ合理的な判断をしようということである。

何に賭けるのか。

どれだけ賭けるのか。

何を確認してから次の投資へ進むのか。

どこまで損失を許容するのか。

どの条件になれば撤退するのか。

そして、成功した場合にはどれほど大きな価値を得られるのか。

これらを考えたうえで意思決定するのであれば、それは無謀なギャンブルではない。

企業経営そのものである。

これからのDQLに求められるのは、失敗を恐れてすべての挑戦を止めることでも、技術への情熱だけで突っ走ることでもない。

不確実性を認識し、それを少しずつ減らしながら、勝負すべきところでは会社の資源を投入する。

そして、仮説が間違っていたなら、過去への執着を捨てて次の機会へ移る。

そんな「正しく賭けられる技術者」を、企業の中にどれだけ育てられるか。

それが、研究開発型企業の競争力を大きく左右する時代になっている。

では、その「賭け先」はどのように探せばよいのだろうか。

新しいAIが登場したからAI製品を考える。新素材を開発したから用途を探す。競合が始めたから自社も研究テーマにする。

これでは、技術が先にあり、顧客が後からついてくることになる。

次回は視点を逆転させたい。

研究開発テーマを探すとき、最初に見るべきものは「技術」ではない。

顧客が現在支払っている損失である。

第3章では、「技術テーマを探す」のではなく、「顧客の損失を探す」という考え方から、儲かるプロダクト企画の出発点を考えてみたい。

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2026/09/21

【新規連載】品質を守るだけでは会社は勝てない ― 自律するDQLの仕事⑤

 研究開発では「成功確率」だけを見てはいけない

企業の研究開発会議では、「成功確率はどのくらいか」という問いがよく出る。

もちろん重要な質問である。

しかし成功確率だけでテーマを判断すると、組織は次第に小さなテーマばかりを選ぶようになる。

既存製品の改良なら成功確率は高い。既存顧客向けの追加機能も比較的読みやすい。すでに成熟した技術を使えば、技術リスクも小さい。

その結果、「確実にできそうな開発」がテーマ一覧を埋め尽くしていく。

ところが、それでは会社の未来を変えるような事業は生まれにくい。

研究開発で本当に考えるべきなのは、成功確率だけではなく、成功した場合にどれほど大きな価値が生まれるのか、失敗した場合にどこまで損失が発生するのかという全体像である。

単純化すれば、

成功する可能性 × 成功時の価値

と

失敗する可能性 × 失敗時の損失

の両方を見る必要がある。

これは期待値という考え方に近い。

成功確率90%でも、成功時の利益が小さければ魅力的なテーマとは限らない。

反対に成功確率30%でも、成功すれば巨大な市場を開拓でき、途中で撤退すれば損失を限定できるのであれば、十分に挑戦する価値がある。

重要なのは「当たりやすさ」ではない。

会社として、その賭けを繰り返したときに利益が残る構造になっているかどうかである。

 

「失敗しないテーマ」ばかりを選ぶ会社は、少しずつ弱くなる

組織には不思議な性質がある。

失敗したテーマの担当者は説明を求められるが、「挑戦しなかったこと」について説明を求められることは少ない。

そのため、組織の合理的な人間ほど、次第に安全なテーマを選ぶようになる。

成功する可能性が高い。既存技術が使える。既存顧客がいる。投資額が小さい。社内の反対も少ない。

一つひとつを見ると、非常に合理的に見える。

しかし、それを10年続けた会社はどうなるだろうか。

商品は少しずつ改良される。品質も少しずつ良くなる。コストも毎年数%下がる。

ところが、競争のルールそのものを変える技術や、新しい顧客価値を生み出す商品には投資していない。

気がついたときには、市場そのものが縮小している。

あるいは、まったく別の技術を持つ企業が市場を奪っている。

これは典型的な「何もしなかったリスク」である。

企業では、行動した結果の失敗は見えやすい。

一方で、行動しなかったために失った利益は見えにくい。

だからこそ、リスク管理という言葉が「何もしないための論理」になってはいけない。

本来のリスク管理とは、リスクをゼロにすることではない。

取る価値のあるリスクと、取ってはいけないリスクを区別することである。

 

「小さく賭ける」という技術

ここまでの話をすると、「それでは大胆なテーマにどんどん投資すればよいのか」と思うかもしれない。

もちろん、そうではない。

研究開発にはギャンブルと決定的に違うところがある。

自分たちの行動によって、成功確率を変えられることである。

市場について分からなければ、顧客に聞くことができる。

技術成立性が分からなければ、実験できる。

原価が不明なら、簡易モデルを作ることができる。

量産性が不安なら、小規模な試作を行うことができる。

つまり研究開発では、一度に全資源を投入する必要はない。

最初は小さな投資で仮説を検証し、確信が高まるにつれて投資額を増やしていけばよい。

私はこれを、「小さく賭ける」と考えると分かりやすいと思う。

たとえば1億円の開発をいきなり承認するのではなく、まず300万円で顧客ニーズと技術成立性を確認する。

そこで有望なら次に1000万円を投入する。

さらに市場性や量産性を確認し、成功可能性が高まったところで本格投資する。

反対に、途中で仮説が崩れれば止める。

この考え方を徹底すれば、挑戦回数を増やしながら、一つの失敗で会社が大きな損失を被ることを防げる。

研究開発の強い企業とは、必ずしも未来を正確に予測できる企業ではない。

未来が分からないことを前提として、安く、早く学べる企業なのである。

 

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2026/09/20

【新規連載】品質を守るだけでは会社は勝てない ― 自律するDQLの仕事④

 第2章 研究開発とは、本質的に「賭け」である

― 不確実な未来に、企業はどう資源を投じるべきか

「確実に成功する研究開発」は存在しない

新しい製品や技術の研究開発を始めるとき、経営者や技術者はしばしば「成功確率をもっと高めてから判断したい」と考える。

その気持ちはよく分かる。

研究開発には金がかかる。設備も必要になる。人材も投入しなければならない。数年間取り組んだ末に事業にならなければ、会社にとって大きな損失になる。

だから、できるだけ確実なテーマを選びたい。

しかし、ここには根本的な矛盾がある。

もし成功がほぼ確実に分かっているのであれば、それはもはや「研究」ではない場合が多い。技術的にも市場的にも答えが見えているなら、競合企業にも同じことが見えている可能性が高い。

大きな事業機会が生まれるのは、多くの場合、その先に何があるかまだ十分に分かっていない領域である。

新しい材料、新しい製造方法、新しいソフトウェア、新しい顧客価値、新しいビジネスモデル。そのどれにも不確実性がある。

技術が成立するかどうか分からない。成立しても量産できるか分からない。量産できても顧客が買うか分からない。顧客が買っても十分な利益が出るか分からない。

研究開発とは、こうした不確実性を抱えたまま、それでも未来に資源を投じる行為なのである。

この意味では、研究開発は本質的に「賭け」である。

もちろん、競馬やカジノと研究開発が同じだと言いたいわけではない。

重要なのは、「結果が確定していない未来に、現在の資源を投入する」という構造が共通しているということである。

 

企業はすでに毎日のように「賭け」をしている

ギャンブルという言葉には、どうしても無謀、浪費、偶然任せといった否定的なイメージがつきまとう。

そのため経営の世界では、「われわれはギャンブルをしているのではない」と言いたくなる。

しかし現実には、企業は毎日のように未来へ賭けている。

新しい工場を建てる。新製品の開発に数億円を投入する。若い技術者を特定分野の専門家として育成する。スタートアップと共同研究を始める。AIや自動化設備を導入する。新しい市場へ営業拠点を置く。

これらはすべて、「将来、投入した資源以上の価値が返ってくる」という仮説に基づく投資である。

将来が確実なら投資判断は簡単だ。

しかし実際には、未来は確定していない。

だから経営とは、ある意味では無数の不確実な選択肢から、「どこに会社の資源を置くか」を決め続ける仕事である。

問題なのは、賭けをすることではない。

良い賭けと悪い賭けを区別できるかどうかである。

これは研究開発でもまったく同じだ。

 

「無謀な賭け」と「合理的な賭け」は何が違うのか

では、研究開発をギャンブルになぞらえるなら、無謀なギャンブルと優れた研究開発は何が違うのだろうか。

最大の違いは、結果ではない。

成功したから良い判断だったとは限らないし、失敗したから悪い判断だったとも限らない。

たとえば成功確率が10%しかなく、成功してもわずかな利益しか得られないテーマに巨額の投資をしたとする。

たまたま成功すれば、担当者は英雄になるかもしれない。

しかし、それは良い意思決定だったとは言えない。

逆に、成功確率が60%あり、成功すれば大きな市場を獲得でき、失敗した場合の損失も限定されているテーマがあったとする。

十分な検討のうえで投資した結果、たまたま失敗したとしても、その判断そのものが間違っていたとは限らない。

この区別は非常に重要である。

私たちは結果を見た後で、過去の判断を評価してしまいがちだからだ。

成功企業を見ると、「あの経営者は先見の明があった」と言う。失敗すると、「最初から無謀だった」と言う。

しかし、その時点で入手できた情報を使って、どのような判断をしたのかを見なければ、本当の意思決定の質は評価できない。

DQLに必要なのも、この視点である。

結果論ではなく、

その時点で、どの選択肢にどれだけの価値が期待できたのか

を考える力である。


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2026/09/19

【新規連載】品質を守るだけでは会社は勝てない ― 自律するDQLの仕事③

手法を知っているだけでは「稼げる人材」にはならない

製造業では、さまざまな優れた手法が使われている。

顧客要求を整理するQFD、リスクを検討するFMEA、効率的に実験するための実験計画法、ばらつきに強い製品をつくるロバスト設計、データから事実を読み取る統計解析などである。

これらはいずれも重要な道具である。

しかし、ここで注意しなければならない。

手法を使えることと、事業を成功させられることは同じではない。

立派なQFDを作ったのに売れない製品もある。膨大なFMEAを作成したのに市場で問題を起こす製品もある。高度な解析を行い、性能的には素晴らしいものができたにもかかわらず、利益が出ないこともある。

原因は単純である。

「手法を正しく使うこと」が目的になってしまったからである。

DQLにとって、QFDもFMEAも統計も目的ではない。

顧客価値を発見し、技術を選び、リスクを判断し、より良い意思決定をするための道具である。

極端に言えば、目的を達成できるなら、すべての手法を使う必要はない。

反対に、必要であれば複数の手法を組み合わせればよい。

重要なのは手法に忠実であることではなく、事業の目的に忠実であることだ。

「売れる製品」を考えるところから設計品質は始まる

設計品質という言葉を聞くと、多くの人は設計図面ができた後の品質を想像する。

強度は十分か。寿命は満足しているか。安全性に問題はないか。製造ばらつきに耐えられるか。

もちろん、それらは重要である。

しかし、本来の設計品質はもっと上流から始まっている。

そもそも、その製品は顧客が必要としているものなのか。

その問題は、解決するだけの経済価値を持っているのか。

顧客はその価値に対して、十分な金額を支払うのか。

競合よりも優れた解決方法を提供できるのか。

そして、その事業を自社が続けることで利益を生み出せるのか。

この問いに答えられなければ、いくら製品そのものの完成度を上げても、「良い設計」とは言い切れない。

これからのDQLに必要なのは、図面の中だけを見る目ではない。

製品の向こう側にいる顧客を見る目であり、そのさらに向こう側にある事業を見る目である。

 これからの技術者には「正しく賭ける能力」が必要になる

ここまで読むと、「そんなことは経営者や事業企画部門が考えればよい」と思う人もいるかもしれない。

しかし、それでは遅い。

ディープテック、AI、半導体、エネルギー、モビリティ、産業機器など、技術そのものが事業競争力を左右する領域では、技術を理解しないまま有望なテーマを選ぶことは難しい。

一方で、技術だけを知っていても、儲かるテーマを選ぶことはできない。

だからこそ、技術と事業の間をつなぐ人材が必要になる。

そして、ここにはもう一つ重要な問題がある。

研究開発の未来は、誰にも正確には分からない。

どの技術が成功するのか。どの市場が伸びるのか。顧客要求がどう変わるのか。競合が何を出してくるのか。

すべてを確実に予測してから研究開発を始めることはできない。

つまり研究開発とは、本質的に不確実性の中で資源を投じる行為である。

言い換えれば、企業は常に「賭け」をしている。

問題は、賭けることそのものではない。

何も考えずに賭けるのか。それとも、不確実性を理解し、期待できる成果と失敗したときの損失を考えたうえで、合理的に賭けるのか。

この違いが、これからの研究開発の成否を分ける。

DQLとは、リスクを嫌ってすべての挑戦を止める人ではない。

かといって、「とにかくやってみよう」と無謀な勝負をする人でもない。

顧客価値を考え、技術の可能性を評価し、どこまでなら失敗できるかを見極めながら、会社として取るべきリスクを選ぶ。

いわば「正しく賭けられる技術者」である。

次回は、この考え方をさらに掘り下げたい。

研究開発とはなぜ、本質的に「賭け」なのか。そして、不確実な未来に投資しなければならない企業は、無謀なギャンブルと合理的な研究開発をどこで区別すればよいのか。

「リスクを取らないことが、実は最大のリスクになる」。

第2章では、この少し逆説的なテーマから、これからの技術開発とDQLの役割を考えてみたい。


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2026/09/16

【新規連載】品質を守るだけでは会社は勝てない ― 自律するDQLの仕事②

  技術者は「与えられた問題を解く人」でよいのか

日本企業の技術者教育を振り返ると、ある特徴がある。

学校でも企業でも、技術者は長いあいだ「与えられた問題を正しく解く能力」を鍛えられてきた。

要求仕様が提示されれば、それを満たす設計を考える。目標性能が与えられれば、それを達成する。故障が起きれば原因を分析する。コスト目標が設定されれば、部品や構造を見直す。

これらはもちろん重要な能力である。

しかしスマイルカーブの上流で必要になる能力は、少し違う。

そこでは、問題そのものが与えられていない。

「次に何を開発すべきか」という問いに、正解を示してくれる人はいない。「この技術に投資すべきか」「この市場に入るべきか」「この顧客課題は、本当に事業になるのか」という問いにも、解答集は存在しない。

必要になるのは、答えを出す能力よりも、まず「問う能力」である。

顧客は何に困っているのか。その困りごとはどれほど大きいのか。現在はどのような方法で対応しているのか。そこにまだ満たされていない要求はないか。技術が変われば、新しい価値を提供できないか。

そして、見つけた問いに対して仮説を立てる。

「この問題なら、われわれの技術で解決できるのではないか」。

ここから初めて研究開発が始まる。

この順序は重要である。

技術を持っているから用途を探すのではなく、価値のある問題を見つけ、その解決のために技術を使うのである。

もちろん、技術シーズから革新的な製品が生まれる場合もある。ただしその場合であっても、最終的に事業になるかどうかを決めるのは、その技術がどのような顧客価値に変換されるかである。

 


「品質を守る人」から「価値を設計する人」へ

そこで必要になるのが、私が「設計品質リーダー(Design Quality Leader:DQL)」と呼んでいる人材である。

DQLという名前から、品質保証部門のリーダーや、設計審査の専門家を想像する人もいるかもしれない。

しかし、ここでいうDQLの役割はもっと広い。

DQLは、完成した設計をチェックする人ではない。

開発の初期段階から、「何をつくるべきか」「誰のどの問題を解決するのか」「どの技術に投資するのか」「どのリスクなら取る価値があるのか」を考え、研究、企画、設計、評価、事業化をつないでいく人である。

つまり、品質という言葉を「不良を出さないこと」と狭く捉えるのではなく、顧客にとって価値のある製品を、事業として成立する形で実現することまで広げて考える。

ここにDQLの本質がある。

そのためには技術だけでは足りない。

顧客を理解しなければならない。市場を見なければならない。競合を知らなければならない。原価も価格も考えなければならない。研究テーマにどこまで投資するのかを判断しなければならない。

しかも、一人ですべてを担当するという意味ではない。

営業、マーケティング、研究、設計、生産、品質、サービスなど、それぞれの専門家が持つ知識をつなぎ、製品として一つの方向へまとめる。その中心に立てる技術者が必要なのである。

この能力は、従来型の専門技術者の育成だけでは、なかなか身につかない。



※御社のプロダクト(製品・サービス)分野で同様の話が聞きたい!という場合は、どうぞご相談ください。

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2026/09/15

【新規連載】品質を守るだけでは会社は勝てない ― 自律するDQLの仕事①

 

第1章 「良いものをつくれば売れる」は、もう通用しない

― 設計品質リーダー(DQL)は、品質を守る人から「価値をつくる人」へ

日本の製造業には、長いあいだ一つの強い信念があった。

「良いものをつくれば、売れる」。

性能が高く、壊れにくく、ばらつきが少なく、しかも適正な価格である。そうした製品を真面目につくり続ければ、顧客はきっと評価してくれる。この考え方は、決して間違っていたわけではない。むしろ日本の製造業は、それを徹底することで世界市場に大きな存在感を築いてきた。

設計を磨き、製造工程を改善し、不良を減らし、コストを下げる。品質管理、品質保証、生産技術、IE、VA・VE、統計的品質管理など、多くの手法もこの流れの中で発展してきた。

ところが現在、この「良いものをつくる」という能力だけでは、企業が十分な利益を上げられない場面が増えている。

製品の品質が低くてもよいという話ではない。むしろ逆である。一定以上の品質は市場参加の前提条件となり、品質が良いことそのものが差別化になりにくくなってきたのである。

技術者にとっては、少々厳しい時代になった。

一生懸命に性能を高めても、その性能に顧客がお金を払ってくれるとは限らない。信頼性をさらに高めても、その差が顧客には見えないこともある。設計者が「これは良い製品だ」と自信を持っていても、競合製品のほうが使いやすかったり、導入しやすかったり、サービスまで含めた総費用が安ければ、商売では負けてしまう。

技術的に正しいことと、事業として成功することは、同じではないのである。


 利益は「ものをつくる場所」から移動している

この変化を考えるうえで、よく使われるのが「スマイルカーブ」という考え方である。

製品の価値連鎖を、研究、企画、設計、製造、販売、サービスと並べたとき、利益率が中央の製造工程では低く、上流の研究開発や企画、あるいは下流のブランド、サービス、ソフトウェアなどで高くなる。その形が笑った口のように見えることから、スマイルカーブと呼ばれている。

もちろん、すべての産業がきれいなスマイルカーブになるわけではない。しかし、現在の製造業を見るうえで、この考え方はかなり示唆的である。

製造技術が世界中に広がり、部品や設備も購入できるようになった結果、「高品質なものを製造できる」という能力だけでは、かつてほど大きな超過利益を生みにくくなった。




一方で、「何をつくるのか」を決める力の価値は高まっている。

どの顧客の、どの問題を解決するのか。その問題には、顧客が対価を払うほどの大きな価値があるのか。その価値を実現するために、どの技術を育てるべきなのか。自社がその市場で勝てる理由は何なのか。

こうした問いに答えられる企業は、製品をつくる前から競争を有利に進めることができる。

逆に、ここを曖昧にしたまま、「とにかく良い製品をつくろう」と走り始める企業は危うい。

どれほど優秀な設計者を集めても、どれほど精密な解析を行っても、そもそも顧客が必要としていないものを完成させてしまえば、研究開発投資を回収することはできない。

つまり、製造業にとって最大の品質問題は、製品の不良だけではない。

「売れないものを、正しくつくってしまうこと」もまた、極めて大きな品質問題なのである。


※御社のプロダクト(製品・サービス)分野で同様の話が聞きたい!という場合は、どうぞご相談ください。

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2026/09/14

【新規連載】新規研究開発テーマの決め方と進め方(FAビジネスを例にとって)⑰(最終)

7.経営・組織としての実行方法

テーマを継続的に生み出す仕組み

ここまで、新規研究開発テーマの探索、評価、事業化までを順に見てきました。

最後に考えたいのは、こうした活動を一度きりで終わらせず、継続的にテーマを生み出せる組織にするにはどうすればよいかという点です。

新規テーマ探索は、年に一度のアイデア募集では続きません。

「何か新しいテーマを出してください」と号令をかけても、出てくるのは既存製品の改良案か、流行技術を使った思いつきになりがちです。

必要なのは、普段の事業活動そのものからテーマの種が入ってくる仕組みです。

製品別組織をいったん横に切る

FAメーカーでは、PLC、センサー、サーボ、HMIなど、製品別の組織になっていることが多いと思います。

既存製品を効率よく開発するには合理的です。

しかし新規テーマを考えるとき、この組織構造が壁になることがあります。

たとえば設備異常診断を考えると、

PLCの制御ログ、
センサーの計測値、
サーボの電流・位置情報、
HMI
の警報履歴、
エッジ側の解析

を組み合わせた方が強い。

ところが、それぞれが別部門だと「どの部門の商品なのか」という話になってしまいます。

そこで新規研究開発では、製品別組織とは別に、制御・計測・駆動・表示・DXを横断するチームを作った方がよいでしょう。

顧客の問題は、社内の組織図に合わせて発生してくれるわけではありません。

技術責任者と事業責任者を分ける

新規研究開発では、技術責任者がそのまま事業責任者を兼ねることがあります。

小規模なテーマなら問題ありませんが、事業化を狙うテーマでは役割を分けた方がよいと思います。

技術責任者は、

「実現できるか」
「性能は出るか」
「安全性は確保できるか」

を見る。

一方、事業責任者は、

「誰が買うか」
「いくらで売れるか」
「標準化できるか」
「どう横展開するか」

を見る。

前回までに述べた「技術仮説」と「事業仮説」を、それぞれ責任を持って追う人を置くわけです。

この二人が対立するくらいで、ちょうどよい場合もあります。

技術側が「できました」と言い、事業側が「でも誰が買うのですか」と聞く。

逆に事業側が「顧客が欲しいと言っています」と言い、技術側が「その精度では安全を保証できません」と返す。

このやり取りがテーマを強くします。

営業やサービスを途中から呼ばない

研究テーマが完成してから営業に説明する。

これも避けたいところです。

営業、サービス、品質、セキュリティ部門は、初期段階から参加させます。

営業は顧客の困りごとを知っています。
サービスは故障や保全の実態を知っています。
品質部門は市場不具合を知っています。
セキュリティ部門は、商品化後に必要となる対応を知っています。

研究部門だけでは見えない情報が、これらの部門にはあります。

とくにサービス部門には、新規テーマの種が大量にあります。

「また同じ故障で呼ばれた」
「この調整は毎回時間がかかる」
「この警報について問い合わせが多い」

こうした情報こそ、新しい診断機能や自動化機能の入口です。

四半期ごとにテーマを動かす

テーマ管理も年に一度では遅すぎます。

市場も技術も顧客要求も変わります。

そこで、たとえば四半期ごとにステージゲート審査を行います。

そのとき重要なのは、「進捗率80%」のような管理をしないことです。

見るべきなのは、

顧客損失の仮説は確認できたか。
技術仮説はどこまで検証できたか。
事業仮説は変わったか。
次の3か月で何を確認するか。

です。

そして必要ならGoだけでなく、Hold、Pivot、Killを判断します。

テーマは計画通り進めることより、学習した結果に応じて変えることの方が重要です。

社内に散らばったデータをテーマ探索に使う

新規研究開発に使えるデータは、実は社内にかなりあります。

故障履歴。
修理履歴。
警報ログ。
調整記録。
顧客問い合わせ。
品質不具合。
営業からの要望。

問題は、それぞれ別のシステムやExcelに入っていることです。

これらを共通データ化すると、

「最近どの不具合が増えているか」
「どの製品で調整工数が多いか」
「複数顧客から同じ要望が出ていないか」

を横断して見られるようになります。

ここから新規テーマ候補を自動的に抽出することも可能です。

AIは「テーマを考えてもらう」より整理に使う

生成AIを新規研究開発に使う場合も、使い方を少し工夫した方がよいでしょう。

「次世代FAの新規テーマを100件考えてください」

と聞けば、それらしい案はいくらでも出ます。

しかし、それだけでは自社らしいテーマにはなりません。

むしろAIに、

市場動向、
特許、
規格、
顧客要求、
社内不具合情報、
修理履歴

などを整理させ、

「どの顧客課題が増えているか」
「自社技術とどこで重なるか」
「過去に似たテーマをやっていないか」

を探させる方が実務的です。

AIはアイデア発生器というより、大量の情報からテーマの兆候を拾う補助者として使うと効果的です。

技術伝承も研究開発テーマに変えられる

もう一つ、FA企業では重要なのが熟練者のノウハウです。

熟練技術者が、

音を聞いて異常を判断する。
波形を見て調整条件を変える。
振動の出方から機械状態を推定する。

こうした知識を、単に若手へ教育して終わらせるのはもったいない。

その判断過程をデータとして残し、

AI診断、
自動調整、
設計支援、
復旧ナビゲーション

などの機能へ実装できれば、技術伝承そのものが新規研究開発になります。

「人から人へ教える」だけでなく、人の知識を製品やサービスへ組み込むわけです。

これは熟練者不足への対応であると同時に、新しい競争力にもなります。

テーマ探索を「行事」にしない

新規研究開発を継続させるために重要なのは、特別なアイデア会議を増やすことではありません。

営業活動から顧客課題が入る。
サービス活動から故障情報が入る。
品質部門から市場不具合が入る。
技術部門から新技術が入る。
AI
がそれらを横断して整理する。

そして四半期ごとにテーマ候補を見直す。

この循環が回れば、新規テーマ探索は年に一度のイベントではなく、通常の経営活動になります。


まとめ:幹部に伝える三つの要点

この連載で述べてきたことを、最後に三つに絞っておきます。

1.FA機器の新規テーマは、機器の高性能化ではなく、製造現場の損失削減から定義する。

PLCを速くする、センサーを高精度にする、AIを搭載する。その前に、「顧客の何を改善するのか」を決めます。

2.ハードウェア、ソフトウェア、データ、サービスを一つの事業として設計する。

これからのFA事業では、機器を売って終了とは限りません。設置ベースと現場データを生かし、診断、更新、保守まで含めて事業を設計することが重要です。

3.AI・DXテーマでは、技術精度だけでなく、安全性、標準化、継続的なデータ取得、有償化可能性を早期に確認する。

PoCで高い精度が出ても、それだけでは事業になりません。現場で使え、複数顧客へ展開でき、継続的に利益を生む仕組みになっているかまで確認します。

新規研究開発テーマを決めるという仕事は、未来の技術を当てる仕事ではありません。

顧客の変化を読み、現場の損失を見つけ、自社の技術資産と結びつけ、それを事業として成立させる。

この一連の仕組みを持てるかどうかが、これからのFA企業の研究開発力を大きく左右するのではないかと思います。 

(連載おわり)

  

※御社のプロダクト(製品・サービス)分野で同様の話が聞きたい!という場合は、どうぞご相談ください。

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