5-2.テーマポートフォリオ
前回は、新規研究開発テーマを「顧客損失の深刻度」「市場性」「自社優位性」「技術実現性」「収益性」「戦略性」の六つの軸で評価する考え方を紹介しました。
しかし、個々のテーマを点数順に並べて、上から採択すればよいわけではありません。
研究開発では、もう一つ重要な視点があります。
それが、テーマ全体の組み合わせ、つまりポートフォリオです。
企業としては、来年の売上につながるテーマも必要ですし、3年後、5年後の柱になるテーマも必要です。すべてを短期型にすると将来がなくなり、すべてを長期型にすると足元の収益につながりません。
短期・中期・長期を意識して持つ
FA分野で考えると、たとえば次のように整理できます。
短期型では、既存製品や既存顧客を活用します。
PLCに診断機能を追加する。
既存設備に後付けセンサーを取り付ける。
現在取得しているログを使って異常傾向を表示する。
このタイプは比較的早く商品化でき、既存販売網も使いやすいのが特徴です。
一方、中期型では、複数の技術を組み合わせるテーマが増えます。
予知保全であれば、センシングだけでなく、データ解析、故障モードの知識、エッジ処理などが必要です。
エネルギー最適制御なら、計測、インバータ、設備モデル、AIなどを組み合わせることになります。
仮想立上げも、制御ソフト、設備モデル、シミュレーション環境を一体で考えなければなりません。
さらに長期型になると、現在の商品分類そのものを超えるテーマが出てきます。
自律制御、オープンFA基盤、製造デジタルツインなどです。
これらは研究期間も長く、不確実性も高い。
しかし成功すれば、単なる機器メーカーから、工場全体を支えるプラットフォーム企業へ事業領域を広げられる可能性があります。
短期テーマだけでは「改善」に偏る
経営会議では、どうしても短期型が高く評価されやすくなります。
市場が見える。
顧客がいる。
技術もある。
売上予測も立てやすい。
当然です。
ただし、この基準だけで研究開発テーマを選ぶと、
「既存PLCの高性能化」
「既存センサーへの機能追加」
「現行サービスの改良」
のようなテーマばかりになります。
これらは大切ですが、ほとんどが既存事業の延長です。
逆に、長期テーマだけを優先すると、5年後には成果が出るかもしれないが、その間に事業環境が変わる可能性もあります。
したがって重要なのは、テーマごとの優劣ではなく、時間軸の異なるテーマを意図的に組み合わせることです。
もう一つの軸は「どこまで事業を広げるか」
テーマポートフォリオには、時間軸とは別の見方もあります。
それが、
コンポーネント → システム →
サービス
という事業階層です。
|
事業階層 |
具体例 |
|
コンポーネント |
AIセンサー、セキュアPLC、高効率ドライブ |
|
システム |
設備診断、エネルギー最適化、仮想立上げ |
|
サービス |
遠隔保全、モデル更新、脆弱性対応、改善支援 |
従来のFAメーカーは、コンポーネント層を得意としてきました。
高性能なPLCを作る。
高精度なセンサーを作る。
高速なサーボを作る。
この競争力は今後も重要です。
しかし、顧客損失を起点に考えると、コンポーネントだけでは解決できないテーマが増えてきます。
機器からシステムへ
たとえば設備停止を減らす場合です。
振動センサーを高性能化するだけでは、設備停止は減りません。
センサーからデータを取り、設備状態を判定し、異常兆候を通知し、必要なら保全担当者へ対応方法を提示する。
ここまで行って初めて顧客価値になります。
つまり、
「高性能センサーを販売する」
というコンポーネント事業から、
「設備診断システムを提供する」
という事業へ一段上がります。
同じことはエネルギー分野でも言えます。
高効率インバータを売るだけではなく、設備全体の負荷を予測し、複数機器を最適運転するシステムまで提供する。
研究テーマをどの階層まで広げるかによって、事業規模も競合相手も変わります。
さらにサービスへ進む
デジタルFAでは、もう一段上のサービス層も重要になります。
設備診断システムを導入した後、
遠隔で状態を監視する。
診断モデルを更新する。
故障傾向を定期的に報告する。
脆弱性情報を通知し、対応方法を提示する。
こうしたサービスを継続的に提供すれば、売切り型とは異なる収益構造を作れます。
ここで、以前取り上げた「設置ベース」が効いてきます。
自社製品が大量に現場で稼働していれば、その機器を入口として新しいサービスを展開できます。
コンポーネントを売ったことが、次のサービス事業への顧客接点になるわけです。
研究テーマ同士をつなげる
ポートフォリオを考えるときには、テーマを独立した箱として扱わないことも重要です。
たとえば短期テーマとして、
「既存設備の後付けデータ収集」
を開発するとします。
これだけでも商品になりますが、そのデータを蓄積すれば、中期テーマである予知保全に使えます。
さらに、複数設備のデータや設備モデルが蓄積されれば、長期的には自律制御やデジタルツインへ展開できるかもしれません。
つまり、
短期テーマが中期テーマのデータ基盤になり、中期テーマが長期テーマの技術基盤になる
という関係を作れます。
このようなポートフォリオは強い。
一つ一つのテーマが単発で終わらず、研究開発投資が次のテーマに蓄積されていくからです。
ポートフォリオは「予算配分表」ではない
研究開発ポートフォリオというと、
短期50%、中期30%、長期20%
のような予算配分を思い浮かべるかもしれません。
もちろん、そのような管理も必要です。
しかし本質はそこではありません。
重要なのは、
「今年の商品化テーマは何か」
「3年後の事業候補は何か」
「5年後の競争力を作る基盤技術は何か」
が一本のストーリーとしてつながっていることです。
さらに、
「コンポーネントで稼ぐのか」
「システムへ広げるのか」
「継続サービスまで取るのか」
という事業の階層も合わせて考えます。
研究開発テーマを一件ずつ審査するだけでは、この全体像は見えません。
個々のテーマの評価と、テーマ群全体の設計は別の仕事なのです。
そして、ポートフォリオを作ると、次の問題も出てきます。
限られた人員と予算を使う以上、始めたテーマをいつまでも続けることはできません。
研究開発では「何を始めるか」と同じくらい、**「何をやめるか」**を決めることが重要です。
次回は、「5-3.中止基準を先に決める」として、研究テーマが惰性で継続されるのを防ぎ、限られた開発資源を有望テーマへ振り向ける方法を考えていきます。
※御社のプロダクト(製品・サービス)分野で同様の話が聞きたい!という場合は、どうぞご相談ください。
[無断転載禁止]