「顧客損失」を金額に変えると、技術テーマの優先順位が見える
研究開発テーマの会議では、テーマの魅力度が形容詞で語られることが多い。
「将来性がある」。
「重要な顧客から要望されている」。
「技術的に面白い」。
「成長市場である」。
どれも間違いではないが、複数テーマを比較するときには弱い。
そこで、可能な限り顧客損失を金額へ変換してみる。
設備停止なら、1時間停止した場合の生産損失はいくらか。
不良なら、廃棄費だけでなく、再加工、検査、顧客対応まで含めていくらかかっているか。
保守なら、作業者の工数、交換部品、設備停止を含めた年間費用はいくらか。
熟練者依存なら、その人が退職した場合にどれだけの生産性や品質が失われるか。
厳密な数字でなくてもよい。
最初は概算でもいい。
重要なのは、技術テーマを「面白いかどうか」から、「どれほどの経済価値を生み出せる可能性があるか」へ翻訳することである。
DQLは、技術の言葉と経営の言葉をつなぐ必要がある。
「このセンサーは精度が高い」という説明だけでなく、
「この精度が実現すれば、現在年間3000万円発生している停止損失を半減できる可能性がある」
と説明できることが重要である。
この瞬間、技術開発は単なる研究費ではなく、投資候補になる。
顧客損失が大きくても、自社が勝てなければ意味がない
ただし、顧客損失が大きいからといって、すぐに研究開発テーマにしてよいわけではない。
事業機会には、もう一つの条件がある。
自社がその問題を解決する合理的な理由があるか
ということである。
市場が大きいから参入する。
AIが伸びているからAI事業を始める。
半導体市場が成長しているから関連製品を開発する。
これだけでは弱い。
競合企業も同じ市場を見ているからである。
自社にしか持っていない顧客接点がある。
独自技術がある。
蓄積したデータがある。
製造ノウハウがある。
既存製品と組み合わせられる。
規制や品質要求に対応できる。
サービス網がある。
こうした優位性と顧客課題が重なったところに、強い研究開発テーマが生まれる。
したがってDQLは、顧客だけを見ていてもいけない。
顧客の損失と、自社の強みの交点を探す必要がある。
そこに競合の状況や市場成長性を重ねる。
その結果として初めて、「このテーマには会社の資源を賭ける価値がある」という判断ができる。
DQLは「顧客」と「技術」と「経営」を往復する
ここまで来ると、DQLに必要な役割がさらに明確になる。
DQLは市場調査の専門家ではない。
営業担当者でもない。
研究者でも、設計者でも、品質保証担当者でもない。
しかし、それらすべての領域をつながなければならない。
顧客の現場へ行き、問題を理解する。
その問題を技術課題へ翻訳する。
研究者や設計者と解決方法を考える。
技術的な不確実性を評価する。
必要なら試作や実験を行う。
そして、解決できた場合にどれほどの事業価値が生まれるかを経営へ説明する。
つまりDQLは、顧客、技術、経営の三つの世界を往復する人である。
この往復ができなければ、研究開発は分断される。
営業は「顧客が欲しいと言っている」と言い、技術者は「技術的に難しい」と言い、経営者は「いくら儲かるのか」と聞く。
それぞれが正しいことを言っているのに、話がつながらない。
その翻訳者となるのがDQLである。
「何をつくるか」を決めるところから、技術者の仕事は始まる
日本の製造業では長いあいだ、「どうやって良いものをつくるか」が技術者の中心課題だった。
これからは、その一つ前の問いが重要になる。
何をつくるべきなのか。
さらに言えば、
誰の、どの損失を減らすためにつくるのか。
ここが明確になれば、技術開発の方向性も変わる。
必要な性能が見える。
許容できるコストが見える。
優先すべき研究テーマが見える。
顧客にとって不要な過剰品質も見えてくる。
そして何より、技術者自身が、自分たちの仕事がどのように顧客価値と企業利益につながっているかを理解できるようになる。
これが「稼げる技術者」の出発点である。
DQLは、優れた設計をする人である前に、価値のある問題を選べる人でなければならない。
技術テーマを探すのではない。
まず、顧客が現在支払っている損失を探す。
その損失を大きく減らせる可能性があり、自社に解決する力があるなら、そこに研究開発資源を投じる。
この順序を守るだけでも、研究開発テーマの質は大きく変わるはずである。
しかし、ここで次の問題が出てくる。
魅力的な顧客課題を見つけても、その解決策が本当に成功するかどうかは、まだ分からない。
市場性にも技術にも不確実性が残っている。
では、その状態でどこまで投資すればよいのか。
完璧な事業計画を作ってから動くべきなのか。それとも、まず試してみるべきなのか。
次回は、未来を予測することに時間を使いすぎるのではなく、「小さく賭けて、早く学ぶ」という研究開発の考え方を取り上げたい。
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