長期研究だけでも、会社は稼げない
一方で、「それなら長期研究を増やせばよい」という話でもない。
研究者が興味のあるテーマを自由に追求することは、技術の蓄積という点では重要である。しかし、事業との接点を失えば、研究はいつまでも研究のまま終わる。
たとえば、ある企業が非常に優れた新材料を10年間研究していたとする。論文も発表し、特許も取得した。技術的には高い評価を受けている。
しかし、「その材料で誰のどの問題を解決するのか」が曖昧なままであれば、事業にはつながりにくい。
技術テーマは存在しているが、プロダクトテーマになっていないのである。
だからDQLは、長期研究に対しても「来年いくら売れるのか」と急かすのではなく、少なくとも将来どのような顧客価値につながる可能性があるのかという仮説を持たなければならない。
すぐに答えを出す必要はない。
しかし、技術と顧客価値をつなぐ仮説は必要である。
すべてのテーマを同じ物差しで評価してはいけない
研究開発ポートフォリオを運営するときに、もう一つ注意が必要なのは、すべてのテーマを同じ評価基準で比較しないことである。
たとえば短期テーマなら、売上、利益、原価低減額、顧客評価などを比較的明確に設定できる。
しかし長期テーマに対して、「来年度の売上はいくらか」と問うても意味がない。
まだ市場そのものが形成されていないかもしれないからである。
長期テーマで見るべきなのは、重要な技術原理を確認できたか、競合との差が見えてきたか、用途仮説が増えたか、顧客との対話が始まったか、といった学習の進展である。
これはサッカーにたとえると分かりやすい。
フォワードとゴールキーパーを、得点数だけで比較する人はいない。役割が違うからである。
研究テーマも同じである。
それぞれがポートフォリオの中でどの役割を担っているのかを明確にしたうえで、その役割に応じた評価を行う必要がある。
テーマ数ではなく、実際の資源配分を見る
企業では「短期10件、中期10件、長期10件あります」という資料を見かけることがある。
これだけを見ると、非常にバランスのよいポートフォリオに見える。
しかし、実際の投入資源を確認すると状況が違うことがある。
短期テーマに研究開発人員の80%が配置され、中期テーマには15%、長期テーマには5%しかいない。
予算も同じである。
この場合、テーマ数は均等でも、実質的には短期テーマへ大きく偏っている。
研究開発ポートフォリオで本当に見るべきなのは、テーマの件数ではない。
人員、予算、設備、そして経営幹部がどれだけ時間を使っているかまで含めた資源配分である。
企業の本当の戦略は、経営計画書に書かれた言葉よりも、人と金をどこに置いているかに表れる。
「新規事業を重視する」と書いてあっても、優秀な人材も予算もすべて既存事業に置かれているのであれば、それは新規事業を重視しているとは言いにくい。
探索するときは広く、勝ち筋が見えたら集中する
ポートフォリオという言葉から、「できるだけ多くのテーマに分散すればよい」と考えることもある。
しかし、研究開発は金融資産とは少し違う。
人材や設備には限りがあり、テーマを増やしすぎると一つひとつに十分な力を注げなくなる。
たとえば20人の研究者で50テーマを抱えているとする。
表面的には、非常に多くの可能性を探索しているように見える。
しかし、一人が複数のテーマを掛け持ちし、どのテーマにも十分な時間を使えない。
その結果、どれも少しずつしか進まない。
畑いっぱいに種をまいたものの、水をやる人が足りず、どの芽も十分に育たない状態に似ている。
研究開発の初期段階では、広く探索してよい。
多数のアイデアを小さく試す。
しかし、そこから有望なテーマが見つかったら、資源を集中させる必要がある。
つまり、
探索段階では分散し、勝ち筋が見えた段階では集中する。
この切り替えが重要なのである。
ポートフォリオは、一度決めたら終わりではない
研究開発ポートフォリオは、年度初めに作成する一覧表ではない。
本来は、常に入れ替わるものである。
あるテーマで予想以上に良い実験結果が出る。顧客から強い反応が返ってくる。競合が撤退する。
そのような情報が得られれば、追加投資を考える。
逆に、技術的な壁が見つかる。競合が圧倒的な製品を発売する。市場そのものが縮小する。
そうであれば、縮小や撤退を検討する。
たとえば10件の初期テーマに1000万円ずつ投資したとしよう。半年後、そのうち2件に明確な顧客ニーズと技術的な優位性が見えてきた。
そのとき、残り8件を同じ金額で続ける必要はない。
見込みの薄いテーマを止め、有望な2件に人と金を移す。
この資源の移動こそがポートフォリオ管理である。
テーマを選ぶことよりも、新しい情報に応じて資源を動かせることのほうが重要なのである。
技術ポートフォリオと人材ポートフォリオは切り離せない
ここで、DQL育成という本連載のもう一つのテーマが見えてくる。
研究開発テーマを変えるだけでは、会社は変わらない。
それを実行する人材が必要だからである。
たとえば、会社が「今後はAI、予知保全、デジタルサービスを重点領域にする」と決めたとする。
ところが研究開発人材の大部分が、従来の機械設計や既存製品改善しか経験していない。
この状態で研究テーマ一覧だけをAIやDXへ書き換えても、新規事業が自然に生まれるわけではない。
誰を新しい領域へ移すのか。
誰に新しい専門性を学ばせるのか。
既存の機械系人材とソフトウェア人材をどう組み合わせるのか。
必要なら採用するのか、大学やスタートアップと組むのか。
ここまで考えなければ、研究開発戦略にはならない。
つまり、
技術ポートフォリオを変えるということは、人材ポートフォリオを変えるということでもある。
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