実験とは「性能確認」ではなく「意思決定」のために行う
技術者にとって、実験は身近なものである。
しかし、研究開発の上流では実験の目的を少し広く考えたほうがよい。
実験は単に「この性能が出るか」を確認するものではない。
次に何をするかを決めるために行うものである。
たとえば、三種類の技術方式があるとする。
A方式は性能が高いが高価である。
B方式は性能は中程度だが量産しやすい。
C方式はまだ不安定だが、成功すれば大幅な低コスト化が期待できる。
このとき、すべてを完成レベルまで開発して比較する必要はない。
簡単な実験を組んで、「どの方式に投資を続ける価値があるか」を判断できればよい。
ここでは実験計画法や統計手法が役に立つ。
少ない試験回数でも、主要因や傾向を把握できれば、次の投資判断がしやすくなる。
大切なのは高度な解析を行ったかどうかではない。
その実験によって、意思決定が前に進んだかどうかである。
失敗のコストを小さくすれば、挑戦回数を増やせる
企業が挑戦を避ける理由の一つは、「失敗すると大きな損失になる」からである。
それならば、失敗そのものをなくそうとするのではなく、失敗したときの損失を小さくすればよい。
たとえば一つの研究テーマに最初から1億円を投資する会社と、500万円の初期検証を20件行う会社を比べてみる。
前者では、一つのテーマが失敗すると大きな損失になる。
そのため、テーマ選定は慎重になり、社内承認も厳しくなる。
結果として、挑戦できるテーマ数が減っていく。
後者では、20件のうち15件が途中で終了してもよい。
残った5件に追加投資し、そのうち1件か2件が大きな事業になれば、ポートフォリオ全体として成功する可能性がある。
これはベンチャーキャピタルの投資にも似ている。
すべての投資先が成功することを前提にしていない。
重要なのは、失敗を限定しながら、成功した案件から大きなリターンを得ることである。
研究開発にも同じ考え方を導入できる。
失敗を許容できる大きさに設計すれば、会社はもっと大胆に挑戦できる。
「試作品を作る」のではなく「仮説を試す」
研究開発現場では、「まず試作品を作りましょう」という言葉がよく使われる。
しかし、私はここでも少し注意が必要だと思う。
何を確認するのかが曖昧なまま試作品を作ると、試作そのものが目的になってしまう。
見栄えのよい試作品ができる。
展示会にも出せる。
経営者にも説明しやすい。
しかし、本当に重要な仮説は何も検証されていない。
たとえば業務支援用のAIシステムなら、最初から立派な画面を作る必要はない。
Excelと既存AIサービスを組み合わせた簡易版でも、顧客が本当にその機能を使うかどうかは確認できる。
新しい機械装置でも、最初から量産に近い試作機を作る必要はない。
重要な原理だけを確認する治具で十分な場合もある。
つまり、
試作品の完成度ではなく、検証した仮説の重要度を見る。
この考え方を持つだけで、研究開発のスピードと費用は大きく変わる。
DQLは「学習速度」を設計する
ここまで述べてきたことを整理すると、DQLの仕事は製品を設計することだけではない。
研究開発という学習プロセスそのものを設計することでもある。
何が分かっていないのか。
その中で、何が事業の成否を最も左右するのか。
それを最も安く確認する方法は何か。
どの結果なら次へ進み、どの結果なら修正し、どの結果ならやめるのか。
ここまで考えてから実験や試作を行う。
この能力は、これからますます重要になる。
AIによって調査や解析の速度が上がれば、情報を集めること自体の価値は下がっていく。
一方で、「何を確かめるべきか」を決める能力の価値は高まる。
未来を完全に予測することはできない。
しかし、小さく試すことはできる。
仮説が間違っていれば、早く修正できる。
正しければ、確信を持って次の投資へ進める。
研究開発で強い企業とは、失敗しない企業ではない。
一回の失敗を小さくし、失敗から学び、次の意思決定を速くできる企業である。
そして、その学習サイクルの中心に立つのがDQLである。
ただし、ここで一つ厄介な問題が残る。
小さく試した結果、「このテーマはやめたほうがよい」と分かったとする。
理屈では撤退すべきである。
ところが、実際の企業では簡単にはやめられない。
すでに何千万円も使っている。
三年間研究してきた。
担当者が人生をかけている。
経営幹部が期待している。
すると、本来は「損失を小さくするための研究開発」が、いつの間にか「ここまで使った金を取り戻すための研究開発」に変わってしまう。
ギャンブルで最も危険なのは、負けたことそのものではない。
負けを認められず、さらに賭け金を増やすことである。
次回は、この研究開発における「追い銭」の問題を考えたい。
第5章えdは、「研究開発で最も危険なのは、やめられないこと」である。
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