第9章 AI時代に価値が上がるのは「問いを決める人」
― 答えを出す力より、何を問うかを決める力が重要になる
AIは「知っている人」の価値を下げるのか
生成AIの普及によって、技術者の仕事は大きく変わり始めている。
少し前まで、専門知識を持っていること自体に大きな価値があった。論文を探す。規格を調べる。技術資料をまとめる。統計解析を行う。簡単なプログラムを書く。報告書を作る。こうした仕事には、それなりの知識と経験が必要だった。
しかし現在では、AIを使えば多くの作業を短時間で行えるようになってきた。
もちろん、AIの出力をそのまま信じてよいわけではない。技術的な誤りや、もっともらしい誤情報も含まれる可能性がある。だからこそ専門家の確認は必要である。
それでも、「情報を探す」「文章にまとめる」「候補案を出す」といった作業のコストが下がっていることは間違いない。
ここで、多くの技術者が不安を感じる。
「自分の仕事もAIに置き換えられるのではないか」。
しかし私は、DQL(設計品質リーダー)のような人材については、むしろ逆のことが起こると考えている。
AIが答えを出す能力を高めるほど、
「何を問うべきか」を決める人の価値が上がるからである。
答えが速く出るほど、「間違った問い」の損失は大きくなる
AIは、与えられた問いに対して非常に速く答えを返す。
これは大きな強みである。
しかし、問いそのものが間違っていれば、どれだけ速く答えを出しても意味がない。
たとえば、あるメーカーが「既存製品のコストを10%下げたい」と考え、AIに材料変更や部品削減の案を大量に出させたとする。
AIは数分で数十案を出してくれるかもしれない。
しかし本当の顧客課題が、「価格が高いこと」ではなく「導入後の保守工数が大きいこと」だったとしたらどうだろう。
企業は高速で、しかし間違った方向へ進んでいることになる。
これは、非常に性能のよい自動車で道を間違えるようなものである。
速度が速いほど、目的地から遠ざかる速度も速い。
AI時代には、効率化そのものよりも、
「今、本当に解くべき問題は何か」
を見極める能力が重要になる。
AIは「問いの答え」を出せても、「会社がどの問いを選ぶか」は決めにくい
研究開発には、常に複数の選択肢がある。
性能を上げるべきか。
原価を下げるべきか。
新市場へ進出するべきか。
既存顧客を深掘りするべきか。
AIを使うべきか。
新素材を使うべきか。
サービス化するべきか。
AIにそれぞれの選択肢を分析させることはできる。
市場情報を整理し、技術動向を比較し、メリットとデメリットを出すこともできる。
しかし、最終的に、
「この会社はどの問いに資源を使うべきか」
という判断には、企業の事情が入る。
自社の技術資産。
顧客との関係。
人材。
資金。
ブランド。
リスク許容度。
そして経営戦略。
これらを総合して、どこに賭けるかを決める必要がある。
AIは優秀な参謀にはなれる。
しかし、戦場のどこで戦うかを決める責任まで完全に委ねることは難しい。
DQLは、この「問いを選ぶ側」に立つ人材である。
AIがあるほど、仮説の質が重要になる
研究開発では、AIを使うことで仮説を大量に出せるようになる。
たとえば新製品のアイデアを考える場合でも、顧客課題、競合製品、技術トレンドを入力すれば、多数の候補案を生成できる。
これは非常に便利である。
しかし、候補が増えたからといって、そのまま良いテーマが見つかるわけではない。
重要なのは、その中からどの仮説を選ぶかである。
たとえばAIが、新しい工場向けサービスとして「画像検査」「予知保全」「自動帳票」「省エネ制御」の四つを提案したとする。
どれも技術的には可能そうに見える。
しかし顧客の現場を調べると、画像検査の不良損失は年間100万円、予知保全による設備停止損失は年間3000万円だったとする。
この場合、優先順位は大きく変わる。
AIは選択肢を広げる。
DQLは、
どの選択肢に価値があるかを見極める。
この役割分担が重要になる。
AI時代の「賢さ」は、知識量ではなく判断力に移っていく
これまでの技術者教育では、「たくさん知っている人」が評価されやすかった。
材料に詳しい。
規格に詳しい。
解析方法をたくさん知っている。
過去の不具合事例を覚えている。
もちろん、これらは今後も重要である。
しかしAIによって知識へのアクセスが容易になると、知識量そのものの価値は相対的に下がる。
代わりに重要になるのが、
「どの知識を使うべきか」。
「どの情報を信じるべきか」。
「どこまで確認すれば意思決定できるか」。
という判断力である。
料理にたとえると分かりやすい。
AIによって、世界中のレシピを瞬時に取り出せるようになった。
しかし、冷蔵庫にある材料、食べる人の好み、予算、時間を考えて「今日は何を作るべきか」を決めるのは別の能力である。
DQLに必要なのは、レシピをたくさん暗記することではない。
状況に応じて、何を作るかを決められることである。
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