5.テーマの評価・選定方法
5-1.幹部が評価すべき六つの軸
新規研究開発テーマの候補がいくつか出そろうと、次に必要になるのが「どれを選ぶか」という判断です。
ここは意外に難しいところです。
技術部門は、どうしても技術的新規性や実現可能性を重視します。一方、営業部門は顧客の声や売れそうかどうかを見る。経営側は投資額や将来の収益性を気にします。
それぞれの見方は正しいのですが、評価軸がばらばらでは、結局「声の大きい人のテーマ」が残ってしまいます。
そこで、テーマ採択の段階では、あらかじめ評価軸を決めておくことが重要です。
FA機器メーカーであれば、私は次の六つを基本に考えるのがよいと思います。
合計100点です。
ただし、重要なのは点数そのものではありません。
この六つの観点について、幹部と技術者が同じ言葉で議論できることに意味があります。
まず「顧客はいくら困っているか」
最初に見るべきなのは、顧客損失の深刻度です。
研究テーマとして面白くても、顧客側の損失が小さければ事業にはなりにくい。
たとえば設備停止であれば、
年間何時間止まっているのか。
そのとき何台の設備、人員が影響を受けるのか。
生産機会損失はいくらなのか。
品質問題であれば、不良品そのものだけでなく、選別、再検査、手直し、廃棄、顧客対応まで含めて考えます。
できるだけ金額に直すことがポイントです。
「大変困っている」という表現より、「年間3000万円の損失が発生している」と分かった方が、研究投資の判断はずっとしやすくなります。
一社で終わらないか
次が、市場性・横展開性です。
研究開発では、ある有力顧客から強い要望が出ると、その案件を新規テーマとして採択したくなります。
ただし注意が必要です。
その問題は、その顧客だけに存在する特殊事情なのか。それとも同業他社、さらに他業界にも存在する問題なのか。
ここを見極めます。
たとえば「包装設備の段取り時間短縮」というテーマなら、食品だけでなく医薬品、化粧品、日用品などにも広がる可能性があります。
一方、特定顧客の特殊な設備仕様に強く依存するテーマであれば、受託開発に近くなります。
もちろん、一社専用案件が悪いわけではありません。ただし「研究開発テーマ」として投資するなら、二社目、三社目に展開できる構造になっているかを確認したいところです。
「できる」ではなく「自社だからできるか」
三つ目が自社優位性です。
これは非常に重要です。
「AIで異常検知する」というテーマだけなら、多くのIT企業ができます。
しかし、
PLC内部の制御データ、
サーボの電流・位置情報、
センサーの計測値、
過去の故障履歴
を組み合わせて診断するとなると、話は変わります。
FAメーカーだからこそアクセスできるデータや、制御・計測・駆動を横断できる技術があります。
評価すべきなのは、
そのテーマが実現できるかではなく、競合より有利に実現できるか
です。
他社も半年後に簡単に追随できるテーマなら、技術開発に成功しても十分な収益を得られない可能性があります。
FAでは「精度が高い」だけでは足りない
技術・安全実現性も欠かせません。
特にFA分野では、一般的なITサービスとは条件が違います。
設備制御では、リアルタイム性が必要です。
誤った判断が設備停止や品質不良につながることもあります。
場合によっては人の安全にも関係します。
AI診断の正解率が95%だったとしても、残り5%の誤判断がどのような影響を与えるかを考えなければなりません。
AIが判断できないときには従来制御へ戻す。
重要な判断は人の承認を必要とする。
安全系はAIから独立させる。
といった設計も必要になります。
「技術的に面白いからやってみよう」ではなく、工場で実用できる水準まで持っていけるかを見る必要があります。
売上ではなく「どう儲かるか」
収益性では、市場規模だけを見ない方がよいでしょう。
特にデジタルFAでは、売上の形そのものが変わる可能性があります。
従来のように、
機器を1台売って終わり
ではなく、
ソフトウェアライセンス、
年間保守契約、
監視サービス、
解析サービス、
機能アップデート
など、継続収入につながる可能性があります。
たとえばハードウェア単体では粗利益が小さくても、設置後に診断サービスを継続販売できるなら、事業価値は大きく変わります。
テーマ評価では、「年間何台売れるか」だけではなく、顧客との取引がどのくらい継続するかも見ておくべきです。
最後に「既存事業とつながるか」
六つ目が、戦略・設置ベース活用です。
これは既存FAメーカーにとって特に重要な評価軸です。
すでに何十万台ものPLCやセンサー、サーボが市場で稼働しているなら、その設置ベースを活用できるテーマは、新規参入企業より有利に展開できます。
既存機器へソフトウェアを追加できる。
既存顧客に新しいサービスを提案できる。
保守契約から診断サービスへ広げられる。
こうしたテーマは、新規事業でありながら既存事業との相乗効果があります。
逆に、自社の顧客基盤も技術資産もまったく使えないテーマであれば、それ相応の理由が必要です。
100点満点のテーマを探さない
ここで一つ注意があります。
六つの軸すべてで満点になるテーマは、まずありません。
市場性は大きいが技術難度も高い。
自社優位性は高いが市場規模はまだ小さい。
短期収益は小さいが、将来の戦略価値が大きい。
こうしたテーマが普通です。
したがって、この評価表は「70点以下を落とす」といった単純な足切りに使うよりも、
そのテーマは、何が強く、何が弱いのかを見えるようにする道具
として使う方が有効です。
テーマAは短期収益型。
テーマBは将来成長型。
テーマCは基盤技術型。
という違いが見えてきます。
そして、ここからもう一つ重要な問題が出てきます。
有望なテーマだけを上から順番に採択すればよいのでしょうか。
必ずしもそうではありません。
短期で商品化できるテーマばかり選ぶと、5年後の成長テーマがなくなります。逆に、将来テーマばかりでは目先の収益につながりません。
研究開発では、個々のテーマを評価すると同時に、テーマ全体の組み合わせを見る必要があります。
次回は、「5-2.テーマポートフォリオ」として、短期・中期・長期、既存事業・新規事業、確実性・挑戦性などのバランスをどう取るかを考えていきます。
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