2026/10/15

【新規連載】品質を守るだけでは会社は勝てない ― 自律するDQLの仕事㉔

若手技術者に「PLを見る経験」をさせる

では、こうした能力をどう育てればよいのだろうか。

研修で会計用語を教えるだけでは不十分である。

実際のテーマで、売上、原価、粗利、開発費、投資回収などを見る経験をさせる必要がある。

たとえば若手技術者に新製品の一部を任せるとき、「技術仕様を決めてください」だけではなく、

「この仕様変更で原価はいくら増えるのか」

「顧客はいくらなら払うのか」

「年間販売台数が半分なら事業は成立するか」

まで考えさせる。

最初は粗い計算でよい。

重要なのは、自分の設計判断が損益計算書につながっていることを体感することである。

技術者が初めてPLを見ると、「売上が増えれば会社は儲かる」と単純に考えていたことに気づく場合もある。

そこから、利益率、固定費、投資回収といった経営の視点が育っていく。

 

「経営感覚」は座学ではなく、意思決定で身につく

商売の感覚は、知識だけでは身につきにくい。

自分で判断し、その結果を見ることで育つ。

たとえば、三つの開発案から一つを選ぶ小さなプロジェクトを若手に任せる。

A案は性能が高いが高コスト。

B案は性能は中程度だが早く市場投入できる。

C案は革新的だが成功確率が低い。

どれを選ぶかを考えさせる。

そのとき、技術評価だけでなく、顧客価値、原価、市場投入時期、競合状況、投資額まで含めて判断させる。

これは、いわば小さな経営シミュレーションである。

失敗しても会社が大きな損失を受けない範囲で、実際の意思決定を経験させる。

DQL育成では、このような「小さな経営経験」が非常に重要である。

 

技術者に商売を教えることは、専門性を薄めることではない

ここで一つ誤解を避けておきたい。

技術者に商売を教えるというと、

「技術者をゼネラリストにしてしまうのではないか」

「専門性が浅くなるのではないか」

という懸念が出る。

しかし、目指しているのはそこではない。

DQLには、まず技術者としての軸が必要である。

専門技術を理解していなければ、技術リスクも競争優位性も判断できない。

そのうえで、顧客や事業を見る視点を加える。

深さを捨てて広さを得るのではなく、

専門性の深さに、事業視点の広さを加える

のである。

専門技術という一本の強い根を持ちながら、顧客、市場、経営へ枝を伸ばしていくイメージに近い。

根がなければ倒れる。

しかし枝がなければ、果実は実らない。

 

「技術が分かる経営人材」を社内で育てる

製造業やテック企業では、経営と技術の距離が事業競争力を左右する。

経営側に技術が分かる人がいない。

技術側に事業が分かる人がいない。

この状態では、重要な研究開発投資の判断が難しくなる。

経営は「市場規模は大きいのか」と聞き、技術は「性能は世界最高です」と答える。

しかし、その間にある、

「自社は本当に勝てるのか」

「いくら投資すべきか」

「どの段階で撤退すべきか」

という問いに答える人がいない。

DQLは、その空白を埋める人材である。

技術者でありながら、顧客価値と収益構造を理解し、経営の意思決定に参加できる。

これからの製造業では、こうした「技術が分かる経営人材」を社内からどれだけ育てられるかが重要になる。

 

DQLは「技術を売る人」ではなく「価値を事業にする人」である

ここまでの話をまとめると、DQLに求められる商売の理解とは、単に販売や会計の知識を持つことではない。

顧客が何に困っているのかを知る。

その問題を解決したときの価値を考える。

その価値に見合った価格を考える。

原価と開発費を見積もる。

どれだけ売れれば投資を回収できるかを考える。

そして、継続的に利益を生む仕組みまで考える。

この一連の流れを、技術と結びつけて考えることである。

だからDQLは、単に「技術を売る人」ではない。

技術を顧客価値へ変換し、その価値を事業として成立させる人である。

日本企業には優秀な技術者が多い。

しかし、その技術をどこに使い、どう価値へ変え、どう利益につなげるかまで考える人材は、必ずしも十分ではない。

この層を厚くすることが、研究開発力を経営成果へ変える鍵になる。

そして、ここからさらに大きな変化が始まっている。

生成AIの普及によって、調査、分析、文書作成、設計支援、プログラミングなど、これまで専門家が多くの時間を使っていた仕事の一部が急速に自動化されつつある。

そうなると、技術者の価値はどこに残るのだろうか。

私はむしろ、DQLのような人材の価値は高まると考えている。

なぜならAIが答えを出せる時代ほど、

「何を問うか」「何をつくるか」「どこに賭けるか」を決める人間の価値が高くなるからである。

次回は、このAI時代の技術人材の価値について考えてみたい。

第9章は、「AI時代に価値が上がるのは『問いを決める人』」である。


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