2026/11/02

【新規連載】自律型「設計品質リーダー(DQL)」が拓く製造業の未来①

 第1章 優秀な技術者がいても、なぜ企業は稼げないのか

― 技術力と経営成果の間に横たわる深い溝 ―



技術力があるのに、なぜ儲からないのか

「わが社には優秀な技術者が大勢いる」「技術力では競合他社に負けない」 

製造業の経営者や技術部門の幹部から、このような言葉をよく耳にする。しかし、その企業が十分な利益を上げているかといえば、必ずしもそうではない。高度な技術を持ち、品質にも自信があり、技術者たちは毎日遅くまで仕事をしている。それなのに、製品の価格競争に巻き込まれ、開発費の回収に苦しみ、利益率が低迷しいる企業は少なくない。

なぜ、このようなことが起こるのだろうか。

その理由の一つは、「優れた技術を持つこと」と「技術によって稼ぐこと」が、まったく別の能力だからである。

技術者は一般に、製品の性能を高め、品質を向上させ、技術的な問題を解決することを自らの仕事と考えている。もちろん、それらは製造業にとって不可欠な活動である。しかし、どれほど優れた技術であっても、顧客が価値を認め、その対価を支払ってくれなければ、企業の利益にはならない。

技術的に世界最高水準の製品を開発したとしても、顧客が必要としていない機能であれば、そこに投入した技術と費用は十分には報われない。逆に、技術的には目新しくない改良であっても、顧客の生産性を大幅に高め、維持費を減らし、競合製品との差別化に成功すれば、大きな経営成果を生むことがある。

つまり、技術的な優秀さと経済的な価値は、必ずしも比例しないのである。

技術者は仕事をしている。しかし、商売をしているだろうか

ここで、ある産業機械メーカーの新製品開発を考えてみよう。

開発部門は、競合製品を上回る加工精度と高速性能を実現するため、長期間にわたって研究開発を進めた。幾度もの試作と評価を重ね、従来機より20%高い処理速度を達成した。開発メンバーは大きな達成感を味わい、社内でも技術的な成果として高く評価された。

ところが、販売を開始しても、期待したほどの受注が得られない。

営業部門が顧客に事情を聞くと、意外なことがわかった。顧客が困っていたのは、機械そのものの最高処理速度ではなかったのである。段取り替えに時間がかかること、頻繁に調整が必要なこと、トラブルによる停止が発生することなどが、生産性を低下させる主な原因だった。

高速性能を20%向上させても、実際の工場で生産できる製品の数量は、それほど増えない。しかも、高性能化によって製造原価が上昇し、販売価格も高くなっている。

これでは顧客が積極的に購入しないのも無理はない。

これは仮想的な事例だが、同様の構図はさまざまな製品開発で見られる。

ここで問題なのは、技術者の努力や能力ではない。そもそも「何を実現すれば顧客が喜び、会社が儲かるのか」という問いが、開発の出発点に置かれていなかったことである。

仮に開発の初期段階で、顧客の生産現場を調査し、設備の総合的な稼働率や年間の生産量、保守費用などを分析していれば、開発の方向性は違っていたかもしれない。

高速化より段取り時間の短縮を優先する。加工精度をさらに高めるより、精度の長期安定性を改善する。複雑な調整機構を追加するより、誰でも簡単に扱える仕組みを開発する。

こうした選択は、単なる技術的な判断ではない。顧客価値を最大化し、競争力を高め、企業の利益につなげるための経営的な判断なのである。

 

「良いものを作れば売れる」という技術者の常識

日本の製造業では、長年にわたって品質や技術力が重視されてきた。それ自体は大きな強みであり、今後も失ってはならない。

しかし、その成功体験が、時として技術者の視野を狭めることがある。

例えば、品質改善活動では、不良率の低減、寸法精度の向上、製品寿命の延長などが目標になることが多い。これらは明確な技術指標であり、改善効果も測定しやすい。

だが、経営の視点から見れば、そこで仕事が終わるわけではない。

不良率を半分に減らした結果、製造原価はいくら下がったのか。顧客の使用段階での損失はどれだけ減ったのか。製品寿命の延長によって、顧客の購買判断はどう変わったのか。その改善によって、自社は価格競争力を獲得できたのか。

こうした問いに答えられなければ、技術的な成果がどれほど優れていても、経営への貢献は十分に評価できない。

これは品質改善に限らない。研究開発、新製品企画、生産技術、設備投資など、あらゆる技術活動に共通する問題である。

もちろん、すべての技術者に財務やマーケティングの専門家になれと言っているのではない。技術者には技術者としての専門性が必要であり、それを深めることは極めて重要である。

しかし、技術的な目標を達成することだけに満足し、その成果が事業にどのような価値をもたらすのかを考えないとすれば、技術者としての役割を自ら狭めてしまっているのではないだろうか。

企業にとって技術は目的ではなく、価値を創出するための手段である。

この当たり前のことを、技術者自身がどこまで理解しているかが問われている。

 

技術者に必要な「三つの視点」

私は、これからの製造業やテック企業で中核となる技術者には、従来の専門技術に加え、少なくとも三つの視点が必要だと考えている。

第一は、顧客の視点である。

自分たちが開発する技術や製品は、誰の、どのような問題を解決するものなのか。顧客は何に困り、何に価値を感じ、どのような条件で対価を支払うのか。

単に顧客の要求仕様を満たすだけでは十分ではない。顧客自身も明確には認識していない本質的な課題を発見することが、価値の高い技術開発につながる。

第二は、経営の視点である。

技術開発によって、売上や利益はどれだけ増えるのか。開発投資を回収できるのか。原価や品質、納期の改善が競争力の向上につながるのか。

技術者が自分の仕事と企業の経営成果との関係を理解すれば、技術的な選択肢の評価基準も変わってくる。限られた人材と時間と資金を、どの技術課題に投入するべきかという判断ができるようになる。

第三は、実行の視点である。

どれほど優れた構想や提案であっても、実際の成果に結びつかなければ意味がない。

誰が、いつまでに、どのような成果を実現するのか。そのために必要な技術や情報、組織の協力をどのように獲得するのか。途中で障害が発生した場合、どのように判断し、行動を修正するのか。

技術的な知識だけでなく、こうした実行力まで備えて初めて、企業にとって本当に頼りになる技術者となる。


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