(前回続き)
5.権威への依存――「あの人の言うことなら間違いない」
私たちは、実績のある経営者、著名な専門家、経験豊富な上司など、権威を持つ人の判断を信頼する傾向がある。限られた時間の中で意思決定を行うためには、権威や実績を判断材料にすること自体は合理的である。
問題は、「誰が言ったか」が、「現在の条件でも正しいか」より優先されることである。
過去に優れた成果を上げた人物であっても、別の業界、別の時代、別の組織で、その方法が同じように機能するとは限らない。権威ある人の発言も、そのまま正解として受け入れるのではなく、成立条件を確認する必要がある。
「誰の意見か」と「どのような根拠があるか」を分けて考えることが、この壁を越える第一歩となる。
6.感情的な固執――「だって、これが好きなんだもん」
人間の判断は、合理性だけで決まるものではない。長年使ってきた方法への愛着、思い入れのある製品、自分を育ててくれた上司から教わった考え方などには、感情的な価値が結びついている。
そのため、データによって別の方法が優れていると示されても、簡単には手放せないことがある。論理的な説明を重ねても変化が起きないとき、背後には「正しいかどうか」ではなく、「好きかどうか」「自分らしいかどうか」という問題が隠れている可能性がある。
感情を排除しようとする必要はない。まず、自分の判断にどのような愛着や思い入れが影響しているのかを認めることが重要である。そのうえで、「好きだから残す部分」と「成果のために変える部分」を分けて考えるのである。
7.潜在的バイアス――自分では気づけない思考の偏り
七つ目は、無意識のうちに働く多種多様な思考の偏りである。
自分に都合のよい情報ばかり集める、最初に示された数字や意見に引きずられる、所属する集団の考え方を正しいと思い込む、成功例だけを見て失敗例を見落とす。こうしたバイアスは、本人が注意しているつもりでも、完全に避けることは難しい。
潜在的バイアスの厄介な点は、偏っている本人には、自分の判断が自然で合理的に見えることである。自分だけで発見しようとしても限界がある。
だからこそ、判断の根拠を言語化する、反対意見を意図的に集める、データで確認する、異なる立場の人によるレビューを受けるといった仕組みが必要になる。
成功した人ほど、壁は高くなる
個人の努力から、組織の仕組みへ
七つの壁は、人間に共通する心理的な性質から生まれる。そのため、「意識を変えよう」「柔軟に考えよう」と呼びかけるだけでは十分ではない。個人の意志力に依存するのではなく、固定化した前提を発見し、問い直し、別の方法を試せる仕組みを組織の中に設ける必要がある。
例えば、異なる部門のメンバーが一つの課題を検討する、判断の前提を言葉にする、データによって仮説を検証する、経験の異なる人からレビューを受けるといった活動である。こうした仕組みがあれば、本人には見えにくい思考のクセを、組織として発見しやすくなる。
設計品質リーダーを育成する「DQLコース」の存在意義も、単に新しい知識や手法を教えることだけにあるのではない。参加者が自らの成功体験や専門領域の常識をいったん相対化し、実際の課題を通じて、判断の前提を組み替えられるようにすることにある。
アンラーンは、一人で過去を否定する作業ではない。異なる知識と視点を持つ人々が、互いの「当たり前」を問い直し、よりよい方法へ更新していく組織的な学習活動である。
変化に適応できる組織とは、最初から正しい答えを持っている組織ではない。七つの壁が存在することを認識し、必要なときに過去の答えを開き直せる仕組みを持った組織なのである。
※参考文献:Unlearn(アンラーン) 人生100年時代の新しい「学び」_柳川 範之_為末 大_日経BP
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