第7章 技術ポートフォリオを持つ会社は強い
― 研究開発は「どのテーマを選ぶか」ではなく「どう組み合わせるか」で決まる
一つの有望テーマだけでは、会社の未来はつくれない
前回は、研究開発テーマを成功確率だけで見るのではなく、期待値で評価することの重要性を述べた。成功しやすいテーマが、必ずしも企業にとって価値の高いテーマとは限らない。逆に、成功確率が多少低くても、成功したときの利益が大きく、失敗時の損失を限定できるのであれば、十分に投資する価値がある。
では、最も期待値の高いテーマを一つ選び、そこに研究開発資源を集中すればよいのだろうか。実際には、そう単純ではない。
研究開発には常に不確実性がある。どれほど魅力的なテーマでも、技術的な壁に突き当たることがある。競合企業が予想より早く製品を出すこともあれば、市場そのものが縮小することもある。逆に、当初は小さなテーマだと思っていたものが、途中から大きな事業機会へ育つこともある。
だからこそ、企業の未来を一つの研究テーマだけに預けることは危険である。
重要なのは、複数のテーマを持ち、それぞれ異なる時間軸、リスク、リターンを組み合わせることである。これが研究開発ポートフォリオという考え方である。
研究開発も、金融投資とよく似ている
金融投資では、一つの銘柄に全資産を投じることは危険だとされる。どれほど有望に見える企業でも、不祥事、競争激化、規制変更、技術革新などによって突然価値を失う可能性があるからである。
そこで投資家は、安定した資産と成長性の高い資産を組み合わせる。
研究開発も、基本的な考え方はよく似ている。
たとえば、あるメーカーが年間10億円の研究開発費を持っているとする。10億円すべてを革新的な新技術に投じれば、成功したときのリターンは大きいかもしれない。しかし失敗すれば、数年間の研究開発成果がほとんど残らない可能性もある。
反対に、10億円すべてを既存製品の改良や顧客要望への対応に使えば、失敗は少なくなるだろう。しかし五年後、十年後の新しい事業の柱が育たない。
企業に必要なのは、どちらか一方ではない。
現在の利益を支えるテーマと、将来の利益を生むテーマを同時に持つことである。
短期・中期・長期の時間軸で考える
研究開発ポートフォリオを考えるとき、最も分かりやすいのは、短期・中期・長期という三つの時間軸に分けることである。
短期テーマは、現在の事業を支える。既存製品の性能向上、原価低減、品質改善、顧客要望への対応などが中心になる。成果が比較的早く見え、売上や利益にもつながりやすい。
中期テーマになると、既存技術を使って新しい市場へ入ったり、新しい機能を持つ製品へ展開したりする。技術的にも市場的にも、短期テーマより不確実性は高くなるが、成功すれば新たな成長領域をつくることができる。
長期テーマはさらに不確実である。新材料、新原理、新しいデジタル技術、新市場など、現在の事業とは距離のあるテーマを扱う。すぐに売上にはならない。しかし、そこから将来の主力事業が生まれる可能性がある。
この三つは、どれか一つが優れているのではない。
短期テーマだけでは未来がなく、長期テーマだけでは現在の利益が持たない。
だからこそ、企業は三つの時間軸を同時に持つ必要がある。
研究開発は「果樹園」のようなものである
この考え方は、果樹園にたとえると分かりやすい。
果樹園には、今年たくさん実をつける成木が必要である。それがなければ、今年の収穫がなくなってしまう。
しかし、成木ばかりを大切にし、若木や苗木を植えなければどうなるだろうか。数年後には木が老い、収穫量が減っていく。
だから果樹園では、今実をつけている木を管理しながら、数年後に実をつける若木も育てる。さらに、その先のために苗木も植える。
研究開発もまったく同じである。
既存製品の改善は、今収穫している成木である。中期テーマは、数年後に収穫を期待する若木であり、長期研究は、まだ実がなるかどうかも分からない苗木である。
苗木はすべて育つわけではない。途中で枯れるものもある。
しかし、苗木を植えない果樹園には未来がない。
企業の研究開発ポートフォリオとは、いわば「会社の未来の果樹園をどう育てるか」を考えることである。
なぜ短期テーマばかりが増えていくのか
多くの企業で起こるのは、短期テーマの膨張である。
理由は単純である。短期テーマには期限がある。
顧客から「来月までに対応してほしい」と言われる。営業部門から競合対策の機能追加を求められる。不具合が起きれば、すぐに原因究明が必要になる。原価低減目標も毎年度設定される。
こうした仕事は、放置することができない。
その結果、研究開発部門の人員は次々と短期案件へ吸収されていく。
一方、長期研究には「来月まで」という期限がないことが多い。
そのため、
「今期は忙しいから来年度にしよう」
という判断が繰り返される。
すると、研究開発部門は非常に忙しくなる。テーマ数も多い。会議も多い。試作品もたくさん作られている。
しかし五年後に振り返ってみると、主力製品はほとんど変わっていない。
この状態は珍しくない。
活動量が多いことと、未来をつくっていることは同じではないのである。
長期研究だけでも、会社は稼げない
一方で、「それなら長期研究を増やせばよい」という話でもない。
研究者が興味のあるテーマを自由に追求することは、技術の蓄積という点では重要である。しかし、事業との接点を失えば、研究はいつまでも研究のまま終わる。
たとえば、ある企業が非常に優れた新材料を10年間研究していたとする。論文も発表し、特許も取得した。技術的には高い評価を受けている。
しかし、「その材料で誰のどの問題を解決するのか」が曖昧なままであれば、事業にはつながりにくい。
技術テーマは存在しているが、プロダクトテーマになっていないのである。
だからDQLは、長期研究に対しても「来年いくら売れるのか」と急かすのではなく、少なくとも将来どのような顧客価値につながる可能性があるのかという仮説を持たなければならない。
すぐに答えを出す必要はない。
しかし、技術と顧客価値をつなぐ仮説は必要である。
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