2017/12/12

【今日の言葉151】部分最適が問題なのではない

一流のオーケストラは、部分最適と全体最適が同時に達成された演奏ができる。

 「日本人は小手先の部分最適は得意だが、巨視的な全体最適レベルにまで達していない」などと、自分以外の日本人を見下したような説教を垂れる人もいます。

 本来は、部分最適がそのまま全体最適になることが最も理想的な形。つまり部分最適がいけないのではなく、部分最適が全体最適にならないことが問題なのです。

 世界一流のオーケストラともなると、レベルの高い楽団員がそれぞれ力量を存分に発揮するからこそ、高度なアンサンブルが見事に達成されるわけです。

(平野喜久著「天使と悪魔のビジネス用語辞典」より)

 言いえていますね。学会では全体最適だ、マクロ視点だと喧しいですが、まず個々のメーカや技術部門、技術者が、全体最適の「部分」としての部分最適で相応のレベルに達しているのか、が問題のはずです。また得てして、部分最適のレベルすらお粗末なところも散見されます。

 本書にもあるように問題の本質は、全体最適がうまくいかないのは、部分最適を目指しているからではなく、部分最適すら十分に達成できていないから、という見方もあるわけです。

 下名の著書「これでわかった!超実践品質工学」では、全体最適の点について幾分割り切った考え方を提示しています。詳しくは前書きを参照していただくとして、メーカーさんをお手伝いする以上は実行できて成果がでることを目指さないといけません。これを「妥当な解」といいます(妥協じゃないですよ)。現場がいつまでも理想に振り回されていて、全然成果がでないというのでは、効率と割切りに長けた中韓台や新興国にどんどん追い抜かれていってしまうわけです(長期的な基礎研究を否定しているわけではありませんし、むしろそちらへの投資は必要でしょう)。

株式会社ジェダイト(JADEITE:JApan Data Engineering InstituTE)

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