2009/03/22

本田宗一郎「ざっくばらん」にみる技術哲学

 田口玄一博士、トヨタ自動車最高顧問の豊田英二氏とならんで、日本人で米国自動車殿堂入りした、戦後を代表する企業家、技術者である本田宗一郎氏の、”幻の第一作”と言われていた昭和35年の書を復刊したのがこの「ざっくばらん」だ。
http://www.amazon.co.jp/%E3%81%96%E3%81%A3%E3%81%8F%E3%81%B0%E3%82%89%E3%82%93-%E6%9C%AC%E7%94%B0-%E5%AE%97%E4%B8%80%E9%83%8E/dp/456970316X/ref=sr_1_1?ie=UTF8&s=books&qid=1237818178&sr=8-1



田口哲学との共通点も多いく興味深いのでいくつかご紹介しよう。 『  』が引用(または要約)部。

『技術は、哲学の結晶である。哲学のない技術は先人の亜流から抜け出ることはできないし、哲学があればそこから独創性も生まれる』
---技術には独創性と効率性が必要である。前者を固有技術といい、後者を品質工学では汎用技術といっている。技術に独創性が必要なのはもちろんだが、その評価の効率にまで哲学の目をむけ、具体的方法論としてもう半世紀も前に田口博士は提案しているのだ。また技術は亜流ではいけない。田口博士は技術はアートや流儀だと仰っているし、また何を研究するかが最も大切だとも言っている。


『人間を本当に理解するのが技術の根本原則。職人や技術屋は人間に必要だから貴いのであって、もし何の役にも立たないものだとしたら、何の価値もない。人間勉強をしないような技術屋は本当の技術屋ではない。』
---理論が高尚かどうかではなく、役に立つかどうか、で判断するということである。確か、品質工学会発足時に、田口博士は「どちらが正しいかではなく、どちらが効率的かで議論願いたい」と仰ったはずである。技術開発を効率化すること、そして市場でトラブルを起こさないこと、この目的論から品質工学という実学の技術哲学が構築されている。


『職人と技術者の違いは、過去を大事にして、そればっかりにつかまっている人が職人。同じ過去でも、それに新しい理論を積み重ねて、日々前進する人が技術屋だ。』
---田口博士はよく、技術者ではなく技術屋という言葉を用いる。新しい発明や手段に対する評価の方法、実験的に新しいシステムを確実に選び取る方法論・・・技術の「創造性」を支える「効率性」を表裏一体で考えるのが技術屋というわけだ。効率性を考えないいわゆる技術バカではいけないということだ。

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